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  • 第14話 最後のメッセージ

    「……次に届くメッセージは、絶対に開かないで」

    湊の言葉に、小春はスマートフォンを握りしめた。

    「どうして?」

    「それを開いたら、もう後戻りできなくなる」

    「でも……今までずっと、私に何かを隠してきたのは湊さんですよね?」

    「……そうだね」

    湊は否定しなかった。

    「だからこそ、これ以上君を巻き込みたくない」

    「もう巻き込まれてます」

    小春はまっすぐ湊を見た。

    「お父さんのことも、湊さんのことも……私は全部知りたい」

    「小春」

    「それに――」

    小春は少しだけ笑った。

    「私、湊さんのことを好きになってしまったことを、後悔してません」

    湊の目が揺れた。

    「……そんなこと言わないで」

    「どうして?」

    「嬉しくなるから」

    その言葉に、小春の胸が熱くなった。

    湊は、ゆっくり小春の頬に触れた。

    「本当はずっと……こうしたかった」

    小春は目を閉じた。

    二人の距離が、少しずつ近づいていく。

    その瞬間――

    小春のスマートフォンが震えた。

    二人とも動きを止めた。

    画面には、あの番号。

    そして、メッセージが一件。

    『これが最後です。』

    小春は画面を見つめた。

    「……開かないで」

    湊が小春の手を握った。

    「約束して」

    小春は迷った。

    でも――

    知りたかった。

    自分の父親のこと。

    湊のこと。

    そして、二人の間に何があったのか。

    小春はゆっくり画面を開いた。

    そこには、一枚の写真が添付されていた。

    写真に写っていたのは――

    事故の夜の湊。

    そして、その隣に立っている小春の父親。

    二人の少し後ろには、あの「もう一人の男」。

    しかし、小春が驚いたのは、それではなかった。

    写真の端に――

    幼い小春自身が写っていた。

    「……私?」

    湊の顔から、血の気が引いた。

    「そんな……」

    「湊さん?」

    湊は写真を見つめたまま、呟いた。

    「……君は、あの夜ここにいたんだ」

    「え?」

    小春の記憶が、また断片的によみがえる。

    雨。

    車のライト。

    父親の声。

    そして――

    誰かに抱きしめられている自分。

    「……私、見てた」

    「何を?」

    小春は頭を押さえた。

    「お父さんが……誰かと話してた」

    「誰?」

    「分からない……でも」

    小春は写真を見つめた。

    「湊さんじゃない」

    湊が息をのんだ。

    「じゃあ、誰を見た?」

    小春の記憶の中に、もう一つの顔が浮かび始める。

    あの男。

    ずっと写真に写っていた、もう一人の男。

    そして――

    小春は突然、その名前を口にした。

    「……神谷さん」

    湊の顔色が変わった。

    「……どうして、その名前を?」

    「今、思い出したんです」

    小春の目から涙が落ちた。

    「お父さん、あの人に言ってた」

    『小春には絶対に手を出すな』

    湊が目を閉じる。

    そして、震える声で言った。

    「……やっぱり、そうだったのか」

    「何が?」

    湊は小春を見つめた。

    「君のお父さんは――」

    その瞬間。

    倉庫の外で、物音がした。

    二人が振り返る。

    誰かが、こちらへ近づいてくる。

    足音が止まった。

    そして、扉の向こうから男の声がした。

    「……湊」

    湊の表情が凍る。

    小春は息を止めた。

    その声は――

    写真に写っていた、あの男のものだった。

    「久しぶりだな」

    扉がゆっくり開く。

    そこに立っていたのは――

    神谷だった。

    ――第15話「最後の一行」に続く。

  • 第13話 もう一人の男

    「……この人が、全部の始まりなんだ」

    湊の言葉に、小春は画面から目を離せなかった。

    映像の中にいる男。

    父親と話している。

    その顔には、どこか見覚えがあった。

    でも、誰なのか思い出せない。

    「湊さん……この人、誰?」

    「俺の父親と一緒に仕事をしていた人だ」

    「じゃあ、お父さんとも知り合いだったんですか?」

    「うん」

    湊は少し間を置いて続けた。

    「でも……それだけじゃない」

    「……何が?」

    湊は映像を止めた。

    画面には、事故の夜。

    車のライトに照らされた三人の姿が映っている。

    小春の父親。

    湊の父親。

    そして、もう一人の男。

    「事故が起きる直前、三人はここにいた」

    「じゃあ……お父さんは、この人と何かあったんですか?」

    「違う」

    湊は首を横に振った。

    「小春のお父さんは、この人から君を守ろうとしてた」

    「私を?」

    「うん」

    小春の胸がざわついた。

    「でも、どうして?」

    湊は答えず、ビデオカメラを見つめた。

    「続きを見よう」

    再生ボタンを押す。

    映像の中で、小春の父親が誰かに向かって叫んでいた。

    『もう小春には関わらないでくれ!』

    男の声が返ってくる。

    『それを決めるのは、あなたじゃない』

    小春は息をのんだ。

    「……何、この人」

    そのとき。

    映像の中で、男がこちらを振り返った。

    そして――

    カメラのほうへ近づいてくる。

    画面が大きく揺れた。

    「……!」

    次の瞬間、映像が途切れた。

    小春は思わず湊の腕をつかんだ。

    「怖い……」

    湊は何も言わず、小春の手を握った。

    「大丈夫」

    その声を聞くだけで、少しだけ安心する。

    「……湊さん」

    「ん?」

    「私、湊さんがいてくれてよかった」

    湊の指が、少しだけ強く小春の手を握った。

    「俺も」

    そして湊は、静かに小春を見つめた。

    「小春がいてくれてよかった」

    二人の距離が、少しずつ近づく。

    小春は目を逸らさなかった。

    湊の顔が近づいてくる。

    あと少しで――

    そのとき。

    ビデオカメラから、突然音声が流れた。

    『湊。もし俺に何かあったら――小春を頼む』

    二人は同時に画面を見た。

    続いて、父親の声。

    『ただし、絶対に小春を好きになるな』

    小春の目が大きくなる。

    「……え?」

    湊の顔から、表情が消えた。

    「だから……」

    小春が湊を見る。

    「だから、私を好きになっちゃいけなかったんですか?」

    湊は答えなかった。

    「お父さんに、そう言われたから?」

    「……違う」

    「じゃあ、何?」

    湊は苦しそうに目を伏せた。

    「小春のお父さんは……俺が君を好きになることまで分かってたんだ」

    「……え?」

    その瞬間。

    小春のスマートフォンが震えた。

    あの番号からだった。

    画面には、一枚の写真。

    今よりずっと若い湊が写っている。

    その隣には――

    小春の父親。

    そして、もう一人の男。

    写真の裏には、短い言葉があった。

    『あなたが湊さんを好きになるまで、あと1回。』

    小春の呼吸が止まる。

    「……あと1回?」

    湊が画面を見る。

    そして――

    初めて、明らかに動揺した。

    「小春……」

    「何ですか?」

    「そのメッセージ……」

    湊は苦しそうに小春を見つめた。

    「俺も、昔一度だけ見たことがある」

    「……え?」

    「この番号から、俺にも届いたんだ」

    小春の目が大きくなる。

    「何て書いてあったんですか?」

    湊は答えなかった。

    ただ、小春の手を強く握った。

    そして静かに言った。

    「……次に届くメッセージは、絶対に開かないで」

    ――第14話「最後のメッセージ」に続く。

  • 第12話 事故の夜

    『あなたのお父さんが亡くなった夜、湊さんはその場所にいました。』

    そのメッセージを見た瞬間、小春の指が震えた。

    「……事故の夜に、いた?」

    そんな話、聞いていない。

    湊は父親の死について、何度も言葉を濁していた。

    でも――

    まさか、その場にいたなんて。

    小春は、すぐに湊へ電話をかけた。

    呼び出し音が鳴る。

    一回。

    二回。

    三回。

    『……もしもし』

    「湊さん」

    電話に出た声は、いつもより低かった。

    「今、どこにいますか?」

    『……家』

    「会いたいです」

    少しの沈黙。

    『……分かった』

    *

    30分後。

    二人は、以前一緒に歩いた公園にいた。

    夜の公園は静かで、街灯だけが二人を照らしている。

    小春は、湊の顔を見つめた。

    「聞きたいことがあります」

    「……うん」

    「お父さんが亡くなった夜」

    湊の表情が固まった。

    「湊さんは、そこにいたんですか?」

    長い沈黙。

    そして――

    「いた」

    小春の胸が締めつけられた。

    「……どうして?」

    「君のお父さんから呼ばれたんだ」

    「何のために?」

    湊はポケットから、小さな古い鍵を取り出した。

    「これを渡された」

    「鍵?」

    「『これを小春に渡す日が来るまで、絶対に開けるな』って」

    小春は鍵を見つめた。

    「じゃあ……今までずっと持ってたんですか?」

    「うん」

    「どうして今まで私に渡してくれなかったんですか?」

    湊は苦しそうに笑った。

    「怖かったんだ」

    「何が?」

    「これを渡したら、全部終わる気がして」

    小春は黙った。

    湊が鍵を握りしめる。

    「君のお父さんが亡くなったあと、俺は約束を守るために君から離れた」

    「……でも、また会った」

    「うん」

    「どうして?」

    湊は小春を見つめた。

    「会わないつもりだった」

    そして、少しだけ笑う。

    「でも……無理だった」

    その言葉に、小春の胸が熱くなる。

    「小春を見つけた瞬間、全部どうでもよくなった」

    「……湊さん」

    「嫌われてもいいと思ってた」

    湊が一歩近づく。

    「でも、好きになられるのは怖かった」

    「どうして?」

    「好きになったら、俺も……君を手放せなくなるから」

    小春の目に涙が浮かんだ。

    「もう、手放さないでください」

    湊が息を止めた。

    「……小春」

    「私、もう怖くないです」

    小春が湊の手を握る。

    「何があっても、知りたい」

    湊はしばらく小春の手を見つめていた。

    そして――

    そっと握り返した。

    「……じゃあ、一緒に行こう」

    「どこへ?」

    湊は古い鍵を見せた。

    「君のお父さんが残した場所へ」

    *

    その夜。

    二人は、郊外にある古い倉庫の前に立っていた。

    湊が鍵を差し込む。

    カチッ。

    扉が開いた。

    中は暗かった。

    小春が一歩入る。

    すると、壁に一枚の写真が貼られていた。

    幼い小春。

    その隣に、父親。

    そして――

    若い頃の湊。

    小春は写真に近づいた。

    写真の下には、父親の字で一言だけ書かれていた。

    『小春がこの場所に来る日が来たら、湊。今度こそ全部話してくれ。』

    小春が振り返る。

    「……湊さん」

    湊は答えなかった。

    ただ、写真の奥にある古い机を見つめていた。

    その机の上には――

    一台の古いビデオカメラが置かれていた。

    「これ……何?」

    湊の顔色が変わる。

    「……それは」

    「知ってるんですか?」

    湊は答えなかった。

    小春がビデオカメラを手に取る。

    すると、まだ再生できる状態だった。

    画面を押す。

    映像が始まった。

    そこに映っていたのは――

    小春の父親だった。

    そして、父親の隣には――

    湊の父親が立っていた。

    小春は息をのんだ。

    その映像の中で、父親がカメラに向かって言った。

    『もし小春がこれを見ることになったら――』

    そこで映像が一度、途切れる。

    そして再び映った画面には、

    事故の夜の映像が残されていた。

    小春は、思わず湊の腕をつかんだ。

    「……これ、誰が撮ったの?」

    湊は答えない。

    映像の中で、父親が振り返る。

    その先にいた人物を見て――

    小春の呼吸が止まった。

    「……嘘」

    そこに映っていたのは――

    今まで小春が一度も見たことのない、もう一人の男だった。

    そして湊が、震える声で言った。

    「……この人が、全部の始まりなんだ」

    ――第13話「もう一人の男」に続く。

  • 第11話 本当の約束

    「湊さん……私を守ってって頼まれたんじゃないですよね?」

    小春の言葉に、湊は何も答えなかった。

    雨の音だけが、二人の間に響いている。

    「……違うんですか?」

    もう一度聞くと、湊はゆっくり目を閉じた。

    そして――

    「違う」

    小春の胸が、ざわついた。

    「じゃあ、何を頼まれたんですか?」

    湊はしばらく黙っていた。

    やがて、小春の手をそっと離す。

    「君のお父さんに頼まれたのは……」

    湊は苦しそうに息を吐いた。

    「小春を、俺から遠ざけることだった」

    「……え?」

    小春は言葉を失った。

    「どうして……?」

    「君のお父さんは、自分が死んだあと、俺が君のそばにいると危険だと思ってた」

    「危険って……何が?」

    湊は答えなかった。

    「だから俺は、君に嫌われるようにした」

    小春の胸が痛んだ。

    「……嫌われるように?」

    「冷たくしたり、距離を置いたり……わざと君を傷つけるようなことも言った」

    「でも……」

    小春は首を横に振った。

    「湊さん、私に傘を貸してくれました」

    「……」

    「手も握ってくれた」

    湊が目を伏せる。

    「それに……私が困ってると、いつも助けてくれた」

    「それは……」

    湊の声が小さくなる。

    「約束を守れなかっただけだ」

    「……どういう意味?」

    湊は小春を見つめた。

    「君を遠ざけるはずだった」

    そして、少しだけ笑った。

    「でも、無理だった」

    その言葉に、小春の目から涙がこぼれた。

    「……ずるいです」

    「うん」

    「そんなこと言われたら……」

    小春は涙を拭った。

    「もっと好きになるじゃないですか」

    湊の表情が固まった。

    「……小春」

    「私、もう戻れません」

    「……」

    「湊さんを好きになる前には、戻れない」

    湊は何も言わなかった。

    ただ、震える手で小春の頬に触れた。

    「……俺も」

    その一言だけだった。

    小春の胸が、大きく鳴った。

    *

    その夜。

    小春は自宅で、父親の写真を見つめていた。

    すると、スマートフォンが震えた。

    あの番号からだった。

    『本当の約束を知りましたね。』

    小春は画面を見つめる。

    続いて――

    『でも、まだ一つだけ嘘があります。』

    「……嘘?」

    さらにメッセージが届く。

    『湊さんがあなたを遠ざけた本当の理由は、お父さんとの約束ではありません。』

    小春の指が止まった。

    そして、最後の一文。

    『あなたのお父さんが亡くなった夜、湊さんはその場所にいました。』

    小春の顔から血の気が引いた。

    「……嘘」

    湊は、事故のことを知っているだけじゃない。

    あの夜――

    父親が亡くなった場所に、いた。

    ――第12話「事故の夜」に続く。

  • 第10話 約束を破る日

    「次に湊さんがあなたを抱きしめたら、すべてを思い出します。」

    そのメッセージを、小春は何度も読み返した。

    意味が分からない。

    「……思い出すって、何を?」

    湊は小春のスマートフォンを見つめたまま、何も言わなかった。

    「湊さん」

    「……帰ろう」

    「答えてください」

    「今は、無理だ」

    「どうして?」

    湊は苦しそうに目を伏せた。

    「これ以上、君に近づいたら……本当に約束を破ってしまうから」

    「その約束って、何なんですか?」

    湊は答えなかった。

    ただ、小春から一歩離れた。

    それが、何より悲しかった。

    「……私、何も知らないままなのが一番嫌です」

    「分かってる」

    「じゃあ、教えてください」

    「小春」

    「はい」

    「俺を信じて」

    小春は唇を噛んだ。

    「……信じたいです」

    その言葉に、湊の表情が揺れた。

    *

    その日の帰り。

    小春は一人で駅へ向かっていた。

    雨が降っていた。

    傘を開こうとした、そのとき。

    「小春」

    振り返ると、湊がいた。

    息を切らしている。

    「……湊さん?」

    「これ」

    湊が差し出したのは、一本の傘だった。

    「また傘……」

    小春が少し笑う。

    「何度、私に傘を貸すんですか?」

    「何度でも」

    その答えに、小春の胸が高鳴った。

    「……どうして?」

    湊は答えなかった。

    代わりに、小春の肩に落ちた雨粒をそっと払った。

    「風邪ひくよ」

    その優しさが、今は苦しかった。

    「湊さん」

    「ん?」

    「私、湊さんのこと……」

    小春が言いかける。

    湊の目が揺れた。

    「言わないで」

    「でも……」

    「今は、まだ」

    そう言って、湊は小春から離れようとした。

    その瞬間。

    小春が湊の袖をつかんだ。

    「行かないで」

    湊の動きが止まった。

    「……小春」

    「私、何も分からないけど」

    小春の目から涙がこぼれた。

    「湊さんがいなくなるのは、嫌です」

    湊はしばらく何も言わなかった。

    そして――

    ゆっくりと小春を抱きしめた。

    「……ごめん」

    その瞬間だった。

    頭の奥で、何かが弾けた。

    雨の音。

    小さな自分。

    一本の傘。

    そして――

    誰かの手。

    『大丈夫。俺がいるから』

    「……っ」

    小春の目の前に、幼い頃の記憶が次々と浮かんだ。

    父親。

    湊。

    そして、もう一人の男。

    事故の前日。

    父親が湊に何かを渡している。

    「これを、小春に渡してくれ」

    『でも……』

    「頼む。あの子には何も知らせないでくれ」

    そして最後に――

    父親が湊へ言った。

    『もし俺に何かあったら――』

    記憶がそこで途切れた。

    小春は湊の胸元で、震えていた。

    「……思い出した」

    湊の腕が止まる。

    「何を?」

    小春はゆっくり顔を上げた。

    「お父さんが……湊さんに渡したもの」

    湊の顔から、血の気が引いた。

    「……何を思い出した?」

    小春は震える声で答えた。

    「お父さんが最後に言った言葉……」

    湊は息をのんだ。

    そして、小春が口にした言葉は――

    「湊さん……私を守ってって頼まれたんじゃないですよね?」

    湊の表情が、初めて崩れた。

    ――第11話「本当の約束」に続く。

  • 第9話 父が残した約束

    小春は、手にした紙から目を離せなかった。

    そこに書かれていたのは、父親から湊へ宛てた最後の言葉。

    ――小春を守るためなら、君が小春に嫌われても構わない。

    「……どういうこと?」

    小春は顔を上げた。

    「私を守るって……何から?」

    目の前の男性社員は、しばらく黙っていた。

    やがて、ゆっくり口を開く。

    「小春さんのお父さんは、亡くなる前に湊さんへ頼んだんだ」

    「何を?」

    「自分がいなくなったあとも、小春さんを守ってほしいって」

    「……それだけ?」

    「いや」

    男性は首を横に振った。

    「もう一つ、条件があった」

    小春の胸がざわつく。

    「小春さんには、何も知らせないこと」

    「……どうして?」

    「知れば、小春さんまで巻き込まれるから」

    「何に?」

    男性は答えなかった。

    その代わり、ポケットから一枚の古い新聞記事を取り出した。

    そこには、十数年前の事故の記事が載っていた。

    ――ある会社の経営者が、事故に巻き込まれ死亡。

    小春は記事を読み進める。

    そこに書かれていた名前を見て、息をのんだ。

    「……これ、お父さん?」

    「そう」

    「でも……事故って」

    「表向きは、ただの事故だった」

    男性の声が低くなる。

    「でも、湊さんはずっと違うと思ってた」

    小春は新聞を握りしめた。

    「じゃあ……父は事故で亡くなったんじゃないの?」

    「それは、俺にも分からない」

    「じゃあ、どうして湊さんは……」

    言葉が続かなかった。

    そのとき、小春のスマートフォンが震えた。

    また、あの番号。

    画面には一枚の写真が送られてきていた。

    古い写真だった。

    そこには、事故が起きる直前と思われる父親の姿。

    その隣には――

    若い頃の湊。

    そして、もう一人。

    小春は、その人物を見て目を見開いた。

    「……この人」

    見覚えがある。

    最近、何度も自分の前に現れていた男性。

    「……まさか」

    写真の下には、メッセージが一つ。

    『あなたのお父さんが最後に会ったのは、湊さんではありません。』

    続いて、もう一通。

    『湊さんが守っているのは、あなたではない。』

    小春の手が震えた。

    「じゃあ……誰を守ってるの?」

    その瞬間、男性社員が小春のスマートフォンを見た。

    「……これ、誰から?」

    「分かりません」

    男性は写真を見つめたまま、顔を強張らせた。

    「小春さん……その写真、湊さんには見せないで」

    「どうして?」

    「この人が……」

    男性が言いかけた、そのとき。

    屋上のドアが開いた。

    二人が振り返る。

    そこに立っていたのは――

    湊だった。

    「……小春」

    久しぶりに聞く、その声。

    小春の胸が大きく鳴った。

    「湊さん……」

    湊は、小春の手にある写真を見る。

    そして、その瞬間――

    顔色を変えた。

    「……それを、どこで手に入れた?」

    「送られてきました」

    「誰から?」

    「分かりません」

    湊は何も言わなかった。

    ただ、小春の手から写真を取ろうとする。

    「小春、それを俺に渡して」

    「嫌です」

    小春は初めて、湊の手を避けた。

    「もう、何も隠さないって言いましたよね?」

    湊が黙る。

    「私は、湊さんを信じたい」

    小春は震える声で続けた。

    「でも、何も教えてもらえないまま信じろって言われても……無理です」

    湊の目が揺れた。

    「……小春」

    「私、湊さんのこと――」

    そこまで言った瞬間。

    湊が小春の言葉を遮った。

    「言わないで」

    「……え?」

    「それ以上、言わないで」

    苦しそうな声だった。

    「どうして?」

    湊は目を伏せた。

    そして、静かに言った。

    「……君に好きだと言われたら、俺は約束を破るから」

    小春の心臓が、大きく鳴った。

    「……約束って?」

    湊は答えなかった。

    ただ、苦しそうに小春を見つめた。

    その目を見た瞬間、小春には分かった。

    ――湊も、同じ気持ちなのかもしれない。

    そして、その瞬間。

    スマートフォンが震えた。

    新しいメッセージ。

    『3回目。』

    小春は画面を見つめた。

    続いて届いた一文に、息をのむ。

    『次に湊さんがあなたを抱きしめたら、すべてを思い出します。』

    ――第10話「約束を破る日」に続く。

  • 第8話 忘れられない人

    小春は、しばらく封筒を開けることができなかった。

    『小春へ。これを読んだら、俺のことを忘れてください。』

    湊の字。

    何度見ても、間違いない。

    「……なんで?」

    胸の奥が、じわりと痛くなった。

    忘れてください。

    そんな簡単に言わないでほしい。

    まだ、何も分かっていないのに。

    小春は震える指で封筒を開けた。

    中には、一枚の便箋と、古い写真が入っていた。

    写真には、幼い小春と若い湊。

    そして、小春の父親。

    三人が笑っている。

    その裏には、短い言葉が書かれていた。

    ――あの日の約束を、俺は一度も忘れたことがない。

    小春は便箋を開いた。

    そこには、湊の文字でこう書かれていた。

    小春へ。

    これを読んでいる頃には、俺は君のそばにいないと思う。

    君に会ったことを、ずっと後悔していた。

    でも、本当は違う。

    君に会えたことを、ずっと大切に思っていた。

    だからこそ、これ以上近づいてはいけない。

    君のお父さんとの約束を守るために。

    小春の目に涙が浮かんだ。

    「……そんなの、分からないよ」

    便箋を握りしめる。

    どうして。

    どうして、好きになるなと言いながら、こんなことを書くの。

    そのときだった。

    写真の裏側に、もう一つ文字があることに気づいた。

    さっきまで気づかなかった。

    小春は写真を裏返した。

    そこには――

    『約束の日が来たら、小春にすべてを話す。』

    そして、その下に日付が書かれていた。

    ――9月20日。

    「……9月20日?」

    小春はカレンダーを見る。

    今日は9月18日。

    あと二日。

    *

    翌朝。

    小春は会社へ向かった。

    湊の姿はなかった。

    机も空いている。

    「……本当に、いない」

    胸が締めつけられた。

    仕事をしていても、何をしていても、湊のことばかり考えてしまう。

    傘を貸してくれたこと。

    手を握られたこと。

    「小春」と呼ばれたこと。

    そして――

    「俺も困る」と言ったときの、あの顔。

    忘れられるわけがない。

    昼休み。

    小春は一人で屋上へ向かった。

    そこには、朝の男性社員がいた。

    「……小春さん」

    「湊さんは、どこですか?」

    「知らない」

    「嘘ですよね?」

    男性は黙った。

    小春は写真を取り出した。

    「9月20日って、何の日なんですか?」

    男性の顔色が変わった。

    「……誰から聞いた?」

    「湊さんの手紙に書いてありました」

    男性はしばらく黙ったあと、静かに口を開いた。

    「その日、小春さんのお父さんが亡くなった日だ」

    小春の呼吸が止まった。

    「……え?」

    「でも、それだけじゃない」

    男性は小春を見つめた。

    「湊さんが、君に会わなくなった日でもある」

    「……どういうこと?」

    「湊さんは、あの日からずっと君を守るって決めたんだ」

    「どうして……?」

    男性は答えなかった。

    その代わり、小春に一枚の紙を差し出した。

    「これを読めば分かる」

    小春が受け取った紙には――

    小春の父親が最後に残した言葉が書かれていた。

    小春は、一行目を読んだ。

    そして――

    その場から動けなくなった。

    『湊へ。小春を守るためなら、君が小春に嫌われても構わない。』

    ――第9話「父が残した約束」に続く。

  • 第7話 好きになってはいけない理由

    『湊さんがあなたを好きになった瞬間、すべてが終わります。』

    そのメッセージを、小春は何度も読み返した。

    意味が分からない。

    いや――

    分かりたくなかった。

    「……好きになったら、すべてが終わる?」

    小春が顔を上げると、湊は何も言わずに雨の向こうを見ていた。

    「湊さん」

    「ん?」

    「さっきの約束……」

    湊が小春を見る。

    「私が大人になるまで、守ってほしいって言われたって……」

    「うん」

    「それって、今も続いてるんですか?」

    少しの沈黙。

    「……続いてる」

    「じゃあ、私は今でも湊さんに守られてるってこと?」

    湊は答えなかった。

    ただ、小春から視線を逸らした。

    「……そういうことになるね」

    「じゃあ、どうして私を好きになったらダメなんですか?」

    湊の表情が変わった。

    「誰かに何か言われた?」

    「……いいえ」

    嘘だった。

    でも、あのメッセージのことを話すのは怖かった。

    湊がまた遠くへ行ってしまいそうな気がしたから。

    *

    その日の昼休み。

    小春が一人でお弁当を食べていると、朝の男性社員が向かいに座った。

    「昨日の写真、見た?」

    「……はい」

    「湊さんから、何か聞いた?」

    「少しだけ」

    男性はため息をついた。

    「そう……」

    「あなたは、何を知ってるんですか?」

    「俺?」

    「はい」

    男性はしばらく黙っていた。

    そして、小さな声で言った。

    「湊さんは、昔から小春さんのことを知ってる」

    「それは聞きました」

    「違う」

    男性は首を横に振った。

    「知ってるだけじゃない」

    小春の胸がざわつく。

    「……どういう意味ですか?」

    「ずっと、探してたんだよ」

    「私を?」

    「うん」

    その言葉を聞いた瞬間、胸が苦しくなった。

    どうして?

    何のために?

    「でも、湊さんには小春さんに近づけない理由があった」

    「それは……父のこと?」

    男性は答えなかった。

    代わりに、スマートフォンを取り出した。

    「これ、見て」

    画面には、一枚の古い写真が映っていた。

    そこには――

    幼い小春。

    その隣に、若い湊。

    そして、小春の父親。

    三人が並んで笑っていた。

    「……これ」

    小春の指が震えた。

    「湊さんが持ってた写真じゃないんですか?」

    「違う」

    「じゃあ、誰が……」

    男性は写真を拡大した。

    写真の端に、手書きの文字が写っている。

    ――約束の日まで、彼女には何も話さないこと。

    小春は息をのんだ。

    「約束の日って……いつ?」

    男性は答えなかった。

    そのとき――

    休憩室のドアが開いた。

    「小春さん」

    湊だった。

    男性は立ち上がった。

    「じゃあ、俺はこれで」

    「待って!」

    小春が呼び止める。

    けれど、男性はそのまま出ていった。

    湊が小春の前に立つ。

    「……何を見た?」

    「この写真です」

    小春がスマートフォンを見せる。

    湊の顔から、表情が消えた。

    「……誰から?」

    「教えてください」

    「小春さん」

    「私、もう子どもじゃありません」

    その言葉に、湊が黙った。

    「私のお父さんのことも、昔のことも……全部知りたい」

    「……分かった」

    湊は静かに息を吐いた。

    「今夜、話す」

    「本当ですか?」

    「ああ」

    「全部?」

    「全部」

    小春の胸が、少しだけ軽くなった。

    けれど――

    その夜。

    約束の時間になっても、湊は来なかった。

    何度電話をかけても、出ない。

    そして午前0時を過ぎた頃。

    小春のスマートフォンが震えた。

    あの番号からだった。

    『湊さんは来ません。』

    続いて、もう一通。

    『あなたに本当のことを話す前に、彼はあなたの前から消えます。』

    小春は画面を見つめた。

    その瞬間、玄関のチャイムが鳴った。

    「……こんな時間に?」

    恐る恐るドアを開ける。

    そこには――

    誰もいなかった。

    ただ、足元に一枚の封筒が置かれていた。

    表には、小春の名前。

    そして裏側には――

    湊の字で、こう書かれていた。

    『小春へ。これを読んだら、俺のことを忘れてください。』

    ――第8話「忘れられない人」に続く。

  • 第6話 はじめて会った日

    その夜、小春はなかなか眠れなかった。

    何度目か分からないほど、写真を見返している。

    幼い自分。

    その隣にいる、若い男性。

    そして――頭の中に浮かんだ、あの日の記憶。

    雨。

    一本の傘。

    優しい声。

    『大丈夫。俺がいるから』

    「……誰だったんだろう」

    小春は目を閉じた。

    けれど、顔だけがどうしても思い出せない。

    *

    翌朝。

    会社へ向かう途中、小春は駅のホームで足を止めた。

    雨が降っていた。

    昨日と同じような、細かな雨。

    その瞬間――

    「小春」

    聞き覚えのある声がした。

    振り返る。

    そこに湊がいた。

    「……湊さん」

    「おはよう」

    湊は小春の顔を見ると、少し驚いたように目を細めた。

    「寝てない?」

    「……少しだけ」

    「何かあった?」

    小春は答えられなかった。

    昨夜届いたメッセージ。

    父親の写真。

    そして――

    自分と湊が、昔会っていたかもしれないこと。

    聞きたいことは、たくさんあった。

    でも。

    「……湊さん」

    「ん?」

    「私たち、昔会ったことありますか?」

    湊の表情が止まった。

    ほんの一瞬。

    けれど、小春には分かった。

    湊は何かを知っている。

    「……どうして、そう思うの?」

    「昨日、昔のことを思い出したんです」

    湊は黙った。

    やがて、雨の向こうを見つめるように言った。

    「……会ったことはある」

    小春の心臓が跳ねた。

    「やっぱり……」

    「でも、小春は覚えてない」

    「どこで?」

    「雨の日だった」

    その言葉に、小春は息をのんだ。

    「……傘、持ってなかった?」

    湊が小さく笑った。

    「持ってなかったね」

    「……じゃあ」

    小春の目が大きくなる。

    「私に傘を貸してくれたの……湊さん?」

    湊は答えなかった。

    ただ、少しだけ困ったように笑った。

    「覚えてたんだ」

    「……声だけ」

    その瞬間。

    湊の目が優しく細くなった。

    「それだけでも、嬉しい」

    胸が、苦しくなる。

    どうしてそんな顔で笑うの。

    どうしてそんなことを言うの。

    小春は目を逸らした。

    すると、湊が小さな声で言った。

    「……あの日、小春のお父さんに会ったんだ」

    「え?」

    「君を送ったあと、俺は君のお父さんと話をした」

    「何を話したんですか?」

    湊はしばらく黙っていた。

    そして――

    「小春を守ってほしいって、頼まれた」

    「……私を?」

    「うん」

    小春の胸が大きく鳴った。

    「どうして……?」

    湊は答えなかった。

    その代わり、静かに小春を見つめた。

    「だから、ずっと約束してた」

    「何を?」

    「小春が大人になるまで――」

    湊の言葉が、そこで止まった。

    小春が息をのむ。

    「……なるまで、何?」

    湊は苦しそうに目を伏せた。

    「ごめん。まだ言えない」

    まただ。

    また何かを隠している。

    でも今度は――

    小春は少しだけ違う気持ちになっていた。

    「……待ちます」

    「え?」

    「話せるようになるまで、待ちます」

    湊が小春を見る。

    「どうして?」

    小春は自分でも驚くほど素直に答えた。

    「……湊さんを、信じたいから」

    一瞬、湊の目が揺れた。

    そして、誰にも聞こえないくらい小さな声で――

    「それが一番、怖いんだよ」

    「……え?」

    湊は何も答えなかった。

    そのとき、小春のスマートフォンが震えた。

    あの番号からだった。

    画面には、たった一言。

    『2回目。』

    小春は息を止めた。

    そして、続いて届いたメッセージを見て――

    言葉を失った。

    『湊さんがあなたを好きになった瞬間、すべてが終わります。』

    ――第7話「好きになってはいけない理由」に続く。

  • 第5話 言えなかった約束

    「俺が……全部話すから」

    湊の言葉が、夜の静かな駅前に落ちた。

    小春はスマートフォンを握りしめたまま、湊を見つめた。

    「……全部って?」

    「君のお父さんのことも」

    「じゃあ、やっぱり知ってるんですね」

    「知ってる」

    湊は、ゆっくりとうなずいた。

    「でも、今ここで話したくない」

    「どうして?」

    「……小春が傷つくから」

    「もう十分、傷ついてます」

    小春の声が震えた。

    「何も知らないまま、知らない人からこんなメッセージが届いて……。湊さんまで何か隠してる」

    「……ごめん」

    その一言が、余計に苦しかった。

    「謝るくらいなら、教えてください」

    湊はしばらく黙っていた。

    やがて、小春の目をまっすぐ見つめる。

    「君のお父さんは、俺の父親と昔から知り合いだった」

    「……え?」

    「俺がまだ子どもの頃の話だ」

    湊は少しだけ視線を落とした。

    「二人は、一緒に仕事をしていた。でも、ある日……突然、関係が壊れた」

    「何があったんですか?」

    「それは、まだ言えない」

    「また……」

    小春が悲しそうに笑う。

    「また、言えないんですね」

    湊は何も言えなかった。

    その沈黙が答えのように感じられた。

    小春は写真をバッグにしまった。

    「もう、帰ります」

    「小春」

    「今日は……一人で帰りたいです」

    湊の手が伸びかけた。

    けれど、触れることはなかった。

    「……分かった」

    小春は振り返らずに歩き出した。

    *

    家に帰ると、小春は写真をもう一度取り出した。

    幼い自分。

    その隣で笑っている、知らない男性。

    そして、写真の裏に書かれた言葉。

    ――小春へ。いつか、君に本当のことを話す。

    「……本当に、お父さんなの?」

    小春は写真を見つめた。

    すると、スマートフォンが震えた。

    あの番号からだった。

    『湊さんは、あなたに嘘をついています。』

    小春の胸がざわつく。

    続いて、もう一通。

    『でも、一つだけ本当のことがあります。』

    そして――

    『湊さんは、あなたが傷つくのをずっと怖がっています。』

    小春は息を止めた。

    湊が自分を避けようとしていた理由。

    「好きになるな」と言った理由。

    全部、同じところにつながっている気がした。

    そのとき、さらにメッセージが届いた。

    『あなたはまだ知らない。』

    『湊さんと初めて会ったのは、今日じゃありません。』

    「……え?」

    小春の手から、スマートフォンが滑り落ちそうになった。

    その瞬間――

    頭の中に、ひとつの記憶がよみがえった。

    小さな頃。

    雨の日。

    誰かに傘を差し出されて、

    「大丈夫。俺がいるから」

    そう言われた記憶。

    顔は思い出せない。

    でも――

    その声だけは、なぜか覚えていた。

    小春は震える手でもう一度、写真を見た。

    写真の隅に写っていた若い男性。

    そして、今の湊。

    「……まさか」

    小春の胸が、大きく鳴った。

    ――第6話「はじめて会った日」に続く。