第7話 好きになってはいけない理由

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『湊さんがあなたを好きになった瞬間、すべてが終わります。』

そのメッセージを、小春は何度も読み返した。

意味が分からない。

いや――

分かりたくなかった。

「……好きになったら、すべてが終わる?」

小春が顔を上げると、湊は何も言わずに雨の向こうを見ていた。

「湊さん」

「ん?」

「さっきの約束……」

湊が小春を見る。

「私が大人になるまで、守ってほしいって言われたって……」

「うん」

「それって、今も続いてるんですか?」

少しの沈黙。

「……続いてる」

「じゃあ、私は今でも湊さんに守られてるってこと?」

湊は答えなかった。

ただ、小春から視線を逸らした。

「……そういうことになるね」

「じゃあ、どうして私を好きになったらダメなんですか?」

湊の表情が変わった。

「誰かに何か言われた?」

「……いいえ」

嘘だった。

でも、あのメッセージのことを話すのは怖かった。

湊がまた遠くへ行ってしまいそうな気がしたから。

*

その日の昼休み。

小春が一人でお弁当を食べていると、朝の男性社員が向かいに座った。

「昨日の写真、見た?」

「……はい」

「湊さんから、何か聞いた?」

「少しだけ」

男性はため息をついた。

「そう……」

「あなたは、何を知ってるんですか?」

「俺?」

「はい」

男性はしばらく黙っていた。

そして、小さな声で言った。

「湊さんは、昔から小春さんのことを知ってる」

「それは聞きました」

「違う」

男性は首を横に振った。

「知ってるだけじゃない」

小春の胸がざわつく。

「……どういう意味ですか?」

「ずっと、探してたんだよ」

「私を?」

「うん」

その言葉を聞いた瞬間、胸が苦しくなった。

どうして?

何のために?

「でも、湊さんには小春さんに近づけない理由があった」

「それは……父のこと?」

男性は答えなかった。

代わりに、スマートフォンを取り出した。

「これ、見て」

画面には、一枚の古い写真が映っていた。

そこには――

幼い小春。

その隣に、若い湊。

そして、小春の父親。

三人が並んで笑っていた。

「……これ」

小春の指が震えた。

「湊さんが持ってた写真じゃないんですか?」

「違う」

「じゃあ、誰が……」

男性は写真を拡大した。

写真の端に、手書きの文字が写っている。

――約束の日まで、彼女には何も話さないこと。

小春は息をのんだ。

「約束の日って……いつ?」

男性は答えなかった。

そのとき――

休憩室のドアが開いた。

「小春さん」

湊だった。

男性は立ち上がった。

「じゃあ、俺はこれで」

「待って!」

小春が呼び止める。

けれど、男性はそのまま出ていった。

湊が小春の前に立つ。

「……何を見た?」

「この写真です」

小春がスマートフォンを見せる。

湊の顔から、表情が消えた。

「……誰から?」

「教えてください」

「小春さん」

「私、もう子どもじゃありません」

その言葉に、湊が黙った。

「私のお父さんのことも、昔のことも……全部知りたい」

「……分かった」

湊は静かに息を吐いた。

「今夜、話す」

「本当ですか?」

「ああ」

「全部?」

「全部」

小春の胸が、少しだけ軽くなった。

けれど――

その夜。

約束の時間になっても、湊は来なかった。

何度電話をかけても、出ない。

そして午前0時を過ぎた頃。

小春のスマートフォンが震えた。

あの番号からだった。

『湊さんは来ません。』

続いて、もう一通。

『あなたに本当のことを話す前に、彼はあなたの前から消えます。』

小春は画面を見つめた。

その瞬間、玄関のチャイムが鳴った。

「……こんな時間に?」

恐る恐るドアを開ける。

そこには――

誰もいなかった。

ただ、足元に一枚の封筒が置かれていた。

表には、小春の名前。

そして裏側には――

湊の字で、こう書かれていた。

『小春へ。これを読んだら、俺のことを忘れてください。』

――第8話「忘れられない人」に続く。