『湊さんがあなたを好きになった瞬間、すべてが終わります。』
そのメッセージを、小春は何度も読み返した。
意味が分からない。
いや――
分かりたくなかった。
「……好きになったら、すべてが終わる?」
小春が顔を上げると、湊は何も言わずに雨の向こうを見ていた。
「湊さん」
「ん?」
「さっきの約束……」
湊が小春を見る。
「私が大人になるまで、守ってほしいって言われたって……」
「うん」
「それって、今も続いてるんですか?」
少しの沈黙。
「……続いてる」
「じゃあ、私は今でも湊さんに守られてるってこと?」
湊は答えなかった。
ただ、小春から視線を逸らした。
「……そういうことになるね」
「じゃあ、どうして私を好きになったらダメなんですか?」
湊の表情が変わった。
「誰かに何か言われた?」
「……いいえ」
嘘だった。
でも、あのメッセージのことを話すのは怖かった。
湊がまた遠くへ行ってしまいそうな気がしたから。
*
その日の昼休み。
小春が一人でお弁当を食べていると、朝の男性社員が向かいに座った。
「昨日の写真、見た?」
「……はい」
「湊さんから、何か聞いた?」
「少しだけ」
男性はため息をついた。
「そう……」
「あなたは、何を知ってるんですか?」
「俺?」
「はい」
男性はしばらく黙っていた。
そして、小さな声で言った。
「湊さんは、昔から小春さんのことを知ってる」
「それは聞きました」
「違う」
男性は首を横に振った。
「知ってるだけじゃない」
小春の胸がざわつく。
「……どういう意味ですか?」
「ずっと、探してたんだよ」
「私を?」
「うん」
その言葉を聞いた瞬間、胸が苦しくなった。
どうして?
何のために?
「でも、湊さんには小春さんに近づけない理由があった」
「それは……父のこと?」
男性は答えなかった。
代わりに、スマートフォンを取り出した。
「これ、見て」
画面には、一枚の古い写真が映っていた。
そこには――
幼い小春。
その隣に、若い湊。
そして、小春の父親。
三人が並んで笑っていた。
「……これ」
小春の指が震えた。
「湊さんが持ってた写真じゃないんですか?」
「違う」
「じゃあ、誰が……」
男性は写真を拡大した。
写真の端に、手書きの文字が写っている。
――約束の日まで、彼女には何も話さないこと。
小春は息をのんだ。
「約束の日って……いつ?」
男性は答えなかった。
そのとき――
休憩室のドアが開いた。
「小春さん」
湊だった。
男性は立ち上がった。
「じゃあ、俺はこれで」
「待って!」
小春が呼び止める。
けれど、男性はそのまま出ていった。
湊が小春の前に立つ。
「……何を見た?」
「この写真です」
小春がスマートフォンを見せる。
湊の顔から、表情が消えた。
「……誰から?」
「教えてください」
「小春さん」
「私、もう子どもじゃありません」
その言葉に、湊が黙った。
「私のお父さんのことも、昔のことも……全部知りたい」
「……分かった」
湊は静かに息を吐いた。
「今夜、話す」
「本当ですか?」
「ああ」
「全部?」
「全部」
小春の胸が、少しだけ軽くなった。
けれど――
その夜。
約束の時間になっても、湊は来なかった。
何度電話をかけても、出ない。
そして午前0時を過ぎた頃。
小春のスマートフォンが震えた。
あの番号からだった。
『湊さんは来ません。』
続いて、もう一通。
『あなたに本当のことを話す前に、彼はあなたの前から消えます。』
小春は画面を見つめた。
その瞬間、玄関のチャイムが鳴った。
「……こんな時間に?」
恐る恐るドアを開ける。
そこには――
誰もいなかった。
ただ、足元に一枚の封筒が置かれていた。
表には、小春の名前。
そして裏側には――
湊の字で、こう書かれていた。
『小春へ。これを読んだら、俺のことを忘れてください。』
――第8話「忘れられない人」に続く。