第6話 はじめて会った日

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その夜、小春はなかなか眠れなかった。

何度目か分からないほど、写真を見返している。

幼い自分。

その隣にいる、若い男性。

そして――頭の中に浮かんだ、あの日の記憶。

雨。

一本の傘。

優しい声。

『大丈夫。俺がいるから』

「……誰だったんだろう」

小春は目を閉じた。

けれど、顔だけがどうしても思い出せない。

*

翌朝。

会社へ向かう途中、小春は駅のホームで足を止めた。

雨が降っていた。

昨日と同じような、細かな雨。

その瞬間――

「小春」

聞き覚えのある声がした。

振り返る。

そこに湊がいた。

「……湊さん」

「おはよう」

湊は小春の顔を見ると、少し驚いたように目を細めた。

「寝てない?」

「……少しだけ」

「何かあった?」

小春は答えられなかった。

昨夜届いたメッセージ。

父親の写真。

そして――

自分と湊が、昔会っていたかもしれないこと。

聞きたいことは、たくさんあった。

でも。

「……湊さん」

「ん?」

「私たち、昔会ったことありますか?」

湊の表情が止まった。

ほんの一瞬。

けれど、小春には分かった。

湊は何かを知っている。

「……どうして、そう思うの?」

「昨日、昔のことを思い出したんです」

湊は黙った。

やがて、雨の向こうを見つめるように言った。

「……会ったことはある」

小春の心臓が跳ねた。

「やっぱり……」

「でも、小春は覚えてない」

「どこで?」

「雨の日だった」

その言葉に、小春は息をのんだ。

「……傘、持ってなかった?」

湊が小さく笑った。

「持ってなかったね」

「……じゃあ」

小春の目が大きくなる。

「私に傘を貸してくれたの……湊さん?」

湊は答えなかった。

ただ、少しだけ困ったように笑った。

「覚えてたんだ」

「……声だけ」

その瞬間。

湊の目が優しく細くなった。

「それだけでも、嬉しい」

胸が、苦しくなる。

どうしてそんな顔で笑うの。

どうしてそんなことを言うの。

小春は目を逸らした。

すると、湊が小さな声で言った。

「……あの日、小春のお父さんに会ったんだ」

「え?」

「君を送ったあと、俺は君のお父さんと話をした」

「何を話したんですか?」

湊はしばらく黙っていた。

そして――

「小春を守ってほしいって、頼まれた」

「……私を?」

「うん」

小春の胸が大きく鳴った。

「どうして……?」

湊は答えなかった。

その代わり、静かに小春を見つめた。

「だから、ずっと約束してた」

「何を?」

「小春が大人になるまで――」

湊の言葉が、そこで止まった。

小春が息をのむ。

「……なるまで、何?」

湊は苦しそうに目を伏せた。

「ごめん。まだ言えない」

まただ。

また何かを隠している。

でも今度は――

小春は少しだけ違う気持ちになっていた。

「……待ちます」

「え?」

「話せるようになるまで、待ちます」

湊が小春を見る。

「どうして?」

小春は自分でも驚くほど素直に答えた。

「……湊さんを、信じたいから」

一瞬、湊の目が揺れた。

そして、誰にも聞こえないくらい小さな声で――

「それが一番、怖いんだよ」

「……え?」

湊は何も答えなかった。

そのとき、小春のスマートフォンが震えた。

あの番号からだった。

画面には、たった一言。

『2回目。』

小春は息を止めた。

そして、続いて届いたメッセージを見て――

言葉を失った。

『湊さんがあなたを好きになった瞬間、すべてが終わります。』

――第7話「好きになってはいけない理由」に続く。