写真の中に、莉奈がいる。
でも、私はいない。
何度見ても同じだった。
小学校の頃の写真。
校庭で笑う莉奈。
その隣にいるはずの私だけが、いない。
「……どういうこと?」
私は写真を指でなぞった。
写真の端には、莉奈の肩。
その隣には、不自然なくらい広い空白がある。
まるで、最初からそこに誰もいなかったみたいに。
でも――
私は、この写真を知っている。
見たことがある。
そう思った。
ただ、どこで見たのかが思い出せない。
私は写真をスマホで撮って、拡大した。
莉奈がつけている赤い髪留め。
その横に、小さな青いものが写っている。
「……これ」
私は画面を止めた。
青いキーホルダー。
3話で見つけた、昔の写真と同じものだった。
私が持っていたもの。
莉奈の赤と、私の青。
二人でおそろいにしたキーホルダー。
私は急いで昔の箱を開けた。
小学校の頃から使っていた、古い小物入れ。
中には、昔の髪ゴムや消しゴム、使いかけのシール。
そして――
青いキーホルダー。
私はそれを手に取った。
裏返す。
傷だらけになっている。
その傷を見た瞬間。
また、頭の中に何かが浮かんだ。
午後2時58分。
莉奈の赤いキーホルダー。
私の青いキーホルダー。
二つを並べている。
そして莉奈が言う。
『交換しよう』
「……交換?」
私は思わず声に出した。
その瞬間、別の記憶が重なった。
『嫌だ』
今度は私の声。
『どうして?』
莉奈の声。
『だって、これがなくなったら……』
そこで記憶が途切れた。
私は青いキーホルダーを握りしめた。
胸がざわつく。
なぜ私は、これを今まで捨てずに持っていたんだろう。
なぜ莉奈のものまで、こんなにはっきり覚えているんだろう。
私は翌日、もう一度佐伯さんの家を訪ねた。
「昨日のことなんですが」
「ええ」
佐伯さんは、まるで私が来るのを待っていたようだった。
「莉奈が亡くなる前、私たちが喧嘩していたって言いましたよね」
「言ったわね」
「何で喧嘩していたか、知っていますか?」
佐伯さんはしばらく黙った。
「……あなた、本当に何も覚えていないの?」
その言葉に、背中が冷たくなった。
「はい」
佐伯さんは私から目を逸らした。
「莉奈ちゃんはね、最後の頃、ずっと同じことを言ってたの」
「何を?」
「『もうすぐ、全部終わる』って」
私は息を止めた。
「何が終わるんですか?」
「それは……」
佐伯さんは言いかけて、口を閉じた。
そして、
「あなたに聞けば分かると思ってた」
そう言った。
「……私?」
「ええ」
私は何も言えなかった。
「莉奈ちゃんは、あなたに何かを話そうとしてた」
「何を?」
「そこまでは知らないわ」
佐伯さんは首を振った。
「ただ、あの日――」
そこで佐伯さんは言葉を止めた。
「午後三時になる直前、莉奈ちゃんがあなたの家の窓を見ていたのは覚えてる」
「……私を待っていた?」
「そうだと思う」
私は写真を思い出した。
14時58分。
莉奈は笑っていた。
まるで、私が来ることを疑っていない顔。
でも私は――
来なかった。
本当に?
帰宅すると、私は自分の部屋に入った。
机の上に、青いキーホルダーを置く。
その横に、昔の写真を置いた。
二人で持っていた赤と青。
そして、写真の中にいない私。
「……おかしい」
私は写真の裏側を確認した。
何も書いていない。
次の写真。
その次。
全部確認する。
すると、一枚だけ。
写真の端に、鉛筆で小さな数字が書かれていた。
15:00
私は息を止めた。
午後3時。
約束の時間。
写真は、14時58分。
その次に残っている記録は、15時。
その間の二分間だけが、
きれいに抜け落ちている。
まるで誰かが、
そこだけ切り取ったみたいに。
私は写真を机に置いた。
その瞬間。
窓の外で、
カツン。
小さな音がした。
私は振り返った。
誰もいない。
ただ、窓ガラスに――
赤いものが引っかかっていた。
私はゆっくり近づいた。
それは、
赤い髪留めだった。
私は手を伸ばした。
触れた瞬間、
頭の中に、あの日の声が響いた。
『これを持ってて』
莉奈の声。
そして、私の声。
『……でも、これを持ってたら、莉奈は……』
そこで記憶が途切れた。
私は髪留めを握ったまま、
動けなくなった。
なぜなら――
その赤い髪留めには、
私の青いキーホルダーと同じ傷がついていた。
二つは、昔から一緒だった。