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  • 第3話 あの夜の記憶

    「殺したのは――俺だ」

    夫の言葉を聞いた瞬間、時間が止まったような気がした。

    「……どういうこと?」

    夫は答えない。

    私はもう一度聞いた。

    「あなたが、この人を殺したの?」

    「そうだ」

    「じゃあ、私は?」

    「お前は何もしてない」

    「でも、手紙には『二人で埋めた』って書いてある」

    夫が黙り込む。

    私はその顔を見て、確信した。

    やっぱり何か隠している。

    「私たちは15年前、この人と何をしたの?」

    「帰ってこなくなったんだ」

    「誰が?」

    「……お前が」

    意味が分からなかった。

    夫は写真をテーブルに置いた。

    「15年前、お前は突然いなくなった」

    「私が?」

    「三日間、連絡がつかなかった」

    そんな記憶はない。

    私が結婚したのは12年前。

    その前のことは、もちろん覚えている。

    大学を卒業して、仕事をして、友達と遊んで――。

    でも。

    よく考えてみると、22歳から24歳までの記憶だけが妙に曖昧だった。

    「……私、本当に三日間いなかったの?」

    夫は頷いた。

    「俺が見つけたとき、お前はあのアパートの前にいた」

    「一人で?」

    「違う」

    夫が写真の男を指差した。

    「こいつと一緒だった」

    私は息を呑んだ。

    「じゃあ、この人は生きてたんじゃない」

    「そのときはな」

    「その後、何があったの?」

    夫は長い間黙っていた。

    そして、

    「お前は、こいつを殺してくれって俺に頼んだ」

    と言った。

    「……私が?」

    「何度も頼んだ」

    「嘘」

    「俺も最初はそう思った」

    夫は苦しそうに目を伏せた。

    「でも、お前が泣きながら言ったんだ」

    『この人を消して』

    『私の人生から、この人を消して』

    私は首を振った。

    「そんなこと言うはずない」

    「その夜、俺はあいつを連れ出した」

    「どこへ?」

    「山の中」

    その言葉を聞いた瞬間。

    また頭の奥で、あの映像が蘇った。

    雨。

    暗い道路。

    車のライト。

    そして――

    土を掘る音。

    私はその場にしゃがみ込んだ。

    「……嫌」

    頭が痛い。

    「思い出したくない」

    「だから言っただろ」

    夫が近づいてくる。

    私はその手を避けた。

    「あなたは……本当に殺したの?」

    「そうだ」

    「じゃあ、どうして捕まってないの?」

    夫は答えなかった。

    私は初めて気づいた。

    15年前の事件なら、当然ニュースになっているはずだ。

    でも、私はそんな事件を知らない。

    「死体は?」

    夫は黙った。

    「どこに埋めたの?」

    「……埋めてない」

    「え?」

    夫が私を見た。

    その目には、今まで見たことのない恐怖が浮かんでいた。

    「俺があの男を殺したと思っていた」

    「……どういう意味?」

    夫は震える手で、花束からもう一枚の紙を取り出した。

    そこには、たった一行だけ書かれていた。

    『あなたの夫は、彼を殺していません。』

    私は夫を見た。

    夫は何も言わない。

    紙の裏には、さらに続きがあった。

    『本当に彼を殺した人を、あなたは今も知っています。』

    その瞬間。

    玄関のチャイムが鳴った。

    夫が凍りつく。

    私が玄関へ向かおうとすると、夫が叫んだ。

    「開けるな!」

    でも、もう遅かった。

    ドアの向こうから、女の声がした。

    「――久しぶり」

    私はその声を聞いた瞬間、思い出した。

    15年前。

    私とあの男と、もう一人。

    三人で写っていた写真。

    その女は――

    私の一番の親友だった。

    第4話へ続く。

  • 第2話 忘れたことにしていたヒト

    「お前が忘れたことにしていた人だ」

    夫の言葉が、頭の中で何度も繰り返された。

    私は写真を握ったまま、夫を見つめた。

    「……知ってるの?」

    夫は答えなかった。

    「この人、誰?」

    「知らないほうがいい」

    「何それ」

    私は思わず声を荒げた。

    「毎週、花を置いていったのもこの人なの?」

    夫は黙ったままだった。

    その沈黙が、何より怖かった。

    私はもう一度、写真を見る。

    15年前。

    若い頃の私が笑っている。

    そして隣にいる男。

    どこか懐かしい。

    でも、名前が出てこない。

    「私、この人と何をしたの?」

    夫がゆっくり口を開いた。

    「お前は、何もしてない」

    「じゃあ、どうして私はこの人を知らないの?」

    「……知らないんじゃない」

    夫は写真を取り上げた。

    「忘れたんだ」

    その瞬間。

    頭の奥で、何かが弾けた。

    雨。

    濡れた道路。

    赤い傘。

    そして、誰かの声。

    ――「約束しただろ」

    私は反射的に頭を押さえた。

    「……痛い」

    「思い出さなくていい」

    夫が私の肩をつかんだ。

    その手が、いつもより強かった。

    「あなた、何か知ってるでしょ」

    「知らない」

    「嘘」

    私は夫の手を振り払った。

    すると、床に落ちた花束の中から、何かが転がった。

    小さな鍵だった。

    銀色の古い鍵。

    私は拾い上げた。

    「これ……何?」

    夫の顔から血の気が引いた。

    「捨てろ」

    「何の鍵?」

    「いいから捨てろ!」

    夫が初めて怒鳴った。

    私は驚いて、鍵を握りしめた。

    その瞬間だった。

    玄関の外から、コツ、コツ、と音がした。

    誰かが歩いている。

    私は玄関へ近づいた。

    のぞき穴を覗く。

    誰もいない。

    でも、ドアの下に白い封筒が差し込まれていた。

    震える手で拾い上げる。

    表には私の名前。

    そして裏には、

    「次は、あなた一人で来てください。」

    と書かれていた。

    「どこに?」

    私が呟くと、夫が封筒を奪い取った。

    中から一枚の紙を出す。

    そこには住所が書かれていた。

    私はその住所を見た瞬間、息をのんだ。

    知らない場所のはずなのに。

    なぜか知っている。

    夫が小さく呟いた。

    「……まだ、あそこにあるのか」

    「何が?」

    夫は答えなかった。

    私は紙を見つめた。

    そこには、私が15年前に住んでいたアパートの住所が書かれていた。

    そして、その下にもう一行。

    「あなたが彼を殺した夜、二人で埋めたものを取りに来てください。」

    私は夫の顔を見た。

    「……彼を殺した?」

    夫は何も言わなかった。

    私は、震える声で尋ねた。

    「私が……この人を殺したの?」

    夫は目を伏せた。

    そして、静かに言った。

    「違う」

    少しだけ安心した。

    でも、次の言葉で、私の体から力が抜けた。

    「殺したのは――俺だ」

    第3話へ続く。

  • 第1話 毎週とどく花

    最初にその花を見たとき、私はただの間違いだと思った。

    土曜日の朝、玄関の前に小さな花束が置かれていた。

    白い花を中心にした、シンプルな花束。

    メッセージカードには、たった一言。

    「今週も、お疲れさまでした。」

    名前はなかった。

    宛先もない。

    私は少し気味が悪かったけれど、近所の誰かが間違えて置いたのだろうと思い、そのまま花瓶に飾った。

    それから一週間後。

    また土曜日の朝、同じ場所に花束が置かれていた。

    今度は黄色い花。

    そしてカードには、

    「来週も、あなたが笑っていますように。」

    私は玄関の外を見回した。

    誰もいない。

    向かいの家も、隣の家も静かだった。

    「……誰なんだろう」

    夫に話してみたが、

    「誰かからのプレゼントじゃない?」

    と、たいして気にしていない様子だった。

    私もそれ以上考えないことにした。

    ところが、それは毎週続いた。

    土曜日になると、必ず花が届く。

    赤、黄色、白、紫。

    花の種類も毎回違った。

    カードの文章も、

    「無理しすぎないで」

    「あなたなら大丈夫」

    「ちゃんと見ています」

    と、少しずつ変わっていった。

    最後の一文だけが、どうしても気になった。

    「ちゃんと見ています。」

    私は、その花を受け取るのをやめようと思った。

    でも、花を置いている人を見つけることもできなかった。

    ある土曜日。

    いつもより早く起きて、玄関の近くで待つことにした。

    朝6時。

    7時。

    8時。

    何も起こらない。

    やっぱり今日は来ないのかもしれない。

    そう思った午前9時過ぎ。

    玄関のチャイムが鳴った。

    私は息を殺して、ドアののぞき穴を覗いた。

    そこには誰もいなかった。

    慌ててドアを開ける。

    足元には、いつもの花束。

    でも、今日はカードが違った。

    私はカードを開いた。

    そこには、

    「もうすぐ、あなたにも思い出してもらいます。」

    と書かれていた。

    意味が分からなかった。

    その瞬間、家の中から夫の声がした。

    「どうした?」

    私は振り返った。

    夫は玄関まで来ると、私の手にあるカードを見た。

    そして――

    顔色を変えた。

    「……それ、誰から?」

    「分からない。毎週届いてるの」

    夫は花束を見つめたまま、しばらく黙っていた。

    「これ……」

    「何?」

    夫は答えなかった。

    ただ、震える手で花束の中から一枚の小さな写真を抜き取った。

    私は写真を見た。

    そこには、

    15年前の私が写っていた。

    そして私の隣には、

    今の夫ではない、見知らぬ男性が立っていた。

    私は、その男性を知らない。

    ……はずだった。

    夫が小さな声で言った。

    「こいつが……」

    「誰なの?」

    夫は私を見た。

    そして、

    「お前が忘れたことにしていた男だ」

    と言った。

    その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。

    忘れていたはずの記憶が、少しずつ戻り始めた。

    そして私は思い出した。

    15年前。

    私は一度だけ、この男から花をもらったことがある。

    その翌日――

    男は、死んだ。

  • 最後の一行

    はじめまして。
    このブログでは、日々の暮らしの中で感じたことや、人生のちょっとした出来事を、物語のように綴っていきます。

    うまくいかない日も、笑える日も、あとから振り返れば全部「物語」になる。

    そんな日々を、少しずつ残していこうと思います。

    それでは、最初の物語を。