最初にその花を見たとき、私はただの間違いだと思った。
土曜日の朝、玄関の前に小さな花束が置かれていた。
白い花を中心にした、シンプルな花束。
メッセージカードには、たった一言。
「今週も、お疲れさまでした。」
名前はなかった。
宛先もない。
私は少し気味が悪かったけれど、近所の誰かが間違えて置いたのだろうと思い、そのまま花瓶に飾った。
それから一週間後。
また土曜日の朝、同じ場所に花束が置かれていた。
今度は黄色い花。
そしてカードには、
「来週も、あなたが笑っていますように。」
私は玄関の外を見回した。
誰もいない。
向かいの家も、隣の家も静かだった。
「……誰なんだろう」
夫に話してみたが、
「誰かからのプレゼントじゃない?」
と、たいして気にしていない様子だった。
私もそれ以上考えないことにした。
ところが、それは毎週続いた。
土曜日になると、必ず花が届く。
赤、黄色、白、紫。
花の種類も毎回違った。
カードの文章も、
「無理しすぎないで」
「あなたなら大丈夫」
「ちゃんと見ています」
と、少しずつ変わっていった。
最後の一文だけが、どうしても気になった。
「ちゃんと見ています。」
私は、その花を受け取るのをやめようと思った。
でも、花を置いている人を見つけることもできなかった。
ある土曜日。
いつもより早く起きて、玄関の近くで待つことにした。
朝6時。
7時。
8時。
何も起こらない。
やっぱり今日は来ないのかもしれない。
そう思った午前9時過ぎ。
玄関のチャイムが鳴った。
私は息を殺して、ドアののぞき穴を覗いた。
そこには誰もいなかった。
慌ててドアを開ける。
足元には、いつもの花束。
でも、今日はカードが違った。
私はカードを開いた。
そこには、
「もうすぐ、あなたにも思い出してもらいます。」
と書かれていた。
意味が分からなかった。
その瞬間、家の中から夫の声がした。
「どうした?」
私は振り返った。
夫は玄関まで来ると、私の手にあるカードを見た。
そして――
顔色を変えた。
「……それ、誰から?」
「分からない。毎週届いてるの」
夫は花束を見つめたまま、しばらく黙っていた。
「これ……」
「何?」
夫は答えなかった。
ただ、震える手で花束の中から一枚の小さな写真を抜き取った。
私は写真を見た。
そこには、
15年前の私が写っていた。
そして私の隣には、
今の夫ではない、見知らぬ男性が立っていた。
私は、その男性を知らない。
……はずだった。
夫が小さな声で言った。
「こいつが……」
「誰なの?」
夫は私を見た。
そして、
「お前が忘れたことにしていた男だ」
と言った。
その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。
忘れていたはずの記憶が、少しずつ戻り始めた。
そして私は思い出した。
15年前。
私は一度だけ、この男から花をもらったことがある。
その翌日――
男は、死んだ。
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