第2話 忘れたことにしていたヒト

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「お前が忘れたことにしていた人だ」

夫の言葉が、頭の中で何度も繰り返された。

私は写真を握ったまま、夫を見つめた。

「……知ってるの?」

夫は答えなかった。

「この人、誰?」

「知らないほうがいい」

「何それ」

私は思わず声を荒げた。

「毎週、花を置いていったのもこの人なの?」

夫は黙ったままだった。

その沈黙が、何より怖かった。

私はもう一度、写真を見る。

15年前。

若い頃の私が笑っている。

そして隣にいる男。

どこか懐かしい。

でも、名前が出てこない。

「私、この人と何をしたの?」

夫がゆっくり口を開いた。

「お前は、何もしてない」

「じゃあ、どうして私はこの人を知らないの?」

「……知らないんじゃない」

夫は写真を取り上げた。

「忘れたんだ」

その瞬間。

頭の奥で、何かが弾けた。

雨。

濡れた道路。

赤い傘。

そして、誰かの声。

――「約束しただろ」

私は反射的に頭を押さえた。

「……痛い」

「思い出さなくていい」

夫が私の肩をつかんだ。

その手が、いつもより強かった。

「あなた、何か知ってるでしょ」

「知らない」

「嘘」

私は夫の手を振り払った。

すると、床に落ちた花束の中から、何かが転がった。

小さな鍵だった。

銀色の古い鍵。

私は拾い上げた。

「これ……何?」

夫の顔から血の気が引いた。

「捨てろ」

「何の鍵?」

「いいから捨てろ!」

夫が初めて怒鳴った。

私は驚いて、鍵を握りしめた。

その瞬間だった。

玄関の外から、コツ、コツ、と音がした。

誰かが歩いている。

私は玄関へ近づいた。

のぞき穴を覗く。

誰もいない。

でも、ドアの下に白い封筒が差し込まれていた。

震える手で拾い上げる。

表には私の名前。

そして裏には、

「次は、あなた一人で来てください。」

と書かれていた。

「どこに?」

私が呟くと、夫が封筒を奪い取った。

中から一枚の紙を出す。

そこには住所が書かれていた。

私はその住所を見た瞬間、息をのんだ。

知らない場所のはずなのに。

なぜか知っている。

夫が小さく呟いた。

「……まだ、あそこにあるのか」

「何が?」

夫は答えなかった。

私は紙を見つめた。

そこには、私が15年前に住んでいたアパートの住所が書かれていた。

そして、その下にもう一行。

「あなたが彼を殺した夜、二人で埋めたものを取りに来てください。」

私は夫の顔を見た。

「……彼を殺した?」

夫は何も言わなかった。

私は、震える声で尋ねた。

「私が……この人を殺したの?」

夫は目を伏せた。

そして、静かに言った。

「違う」

少しだけ安心した。

でも、次の言葉で、私の体から力が抜けた。

「殺したのは――俺だ」

第3話へ続く。

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