「俺が……全部話すから」
湊の言葉が、夜の静かな駅前に落ちた。
小春はスマートフォンを握りしめたまま、湊を見つめた。
「……全部って?」
「君のお父さんのことも」
「じゃあ、やっぱり知ってるんですね」
「知ってる」
湊は、ゆっくりとうなずいた。
「でも、今ここで話したくない」
「どうして?」
「……小春が傷つくから」
「もう十分、傷ついてます」
小春の声が震えた。
「何も知らないまま、知らない人からこんなメッセージが届いて……。湊さんまで何か隠してる」
「……ごめん」
その一言が、余計に苦しかった。
「謝るくらいなら、教えてください」
湊はしばらく黙っていた。
やがて、小春の目をまっすぐ見つめる。
「君のお父さんは、俺の父親と昔から知り合いだった」
「……え?」
「俺がまだ子どもの頃の話だ」
湊は少しだけ視線を落とした。
「二人は、一緒に仕事をしていた。でも、ある日……突然、関係が壊れた」
「何があったんですか?」
「それは、まだ言えない」
「また……」
小春が悲しそうに笑う。
「また、言えないんですね」
湊は何も言えなかった。
その沈黙が答えのように感じられた。
小春は写真をバッグにしまった。
「もう、帰ります」
「小春」
「今日は……一人で帰りたいです」
湊の手が伸びかけた。
けれど、触れることはなかった。
「……分かった」
小春は振り返らずに歩き出した。
*
家に帰ると、小春は写真をもう一度取り出した。
幼い自分。
その隣で笑っている、知らない男性。
そして、写真の裏に書かれた言葉。
――小春へ。いつか、君に本当のことを話す。
「……本当に、お父さんなの?」
小春は写真を見つめた。
すると、スマートフォンが震えた。
あの番号からだった。
『湊さんは、あなたに嘘をついています。』
小春の胸がざわつく。
続いて、もう一通。
『でも、一つだけ本当のことがあります。』
そして――
『湊さんは、あなたが傷つくのをずっと怖がっています。』
小春は息を止めた。
湊が自分を避けようとしていた理由。
「好きになるな」と言った理由。
全部、同じところにつながっている気がした。
そのとき、さらにメッセージが届いた。
『あなたはまだ知らない。』
『湊さんと初めて会ったのは、今日じゃありません。』
「……え?」
小春の手から、スマートフォンが滑り落ちそうになった。
その瞬間――
頭の中に、ひとつの記憶がよみがえった。
小さな頃。
雨の日。
誰かに傘を差し出されて、
「大丈夫。俺がいるから」
そう言われた記憶。
顔は思い出せない。
でも――
その声だけは、なぜか覚えていた。
小春は震える手でもう一度、写真を見た。
写真の隅に写っていた若い男性。
そして、今の湊。
「……まさか」
小春の胸が、大きく鳴った。
――第6話「はじめて会った日」に続く。