第8話 忘れられない人

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小春は、しばらく封筒を開けることができなかった。

『小春へ。これを読んだら、俺のことを忘れてください。』

湊の字。

何度見ても、間違いない。

「……なんで?」

胸の奥が、じわりと痛くなった。

忘れてください。

そんな簡単に言わないでほしい。

まだ、何も分かっていないのに。

小春は震える指で封筒を開けた。

中には、一枚の便箋と、古い写真が入っていた。

写真には、幼い小春と若い湊。

そして、小春の父親。

三人が笑っている。

その裏には、短い言葉が書かれていた。

――あの日の約束を、俺は一度も忘れたことがない。

小春は便箋を開いた。

そこには、湊の文字でこう書かれていた。

小春へ。

これを読んでいる頃には、俺は君のそばにいないと思う。

君に会ったことを、ずっと後悔していた。

でも、本当は違う。

君に会えたことを、ずっと大切に思っていた。

だからこそ、これ以上近づいてはいけない。

君のお父さんとの約束を守るために。

小春の目に涙が浮かんだ。

「……そんなの、分からないよ」

便箋を握りしめる。

どうして。

どうして、好きになるなと言いながら、こんなことを書くの。

そのときだった。

写真の裏側に、もう一つ文字があることに気づいた。

さっきまで気づかなかった。

小春は写真を裏返した。

そこには――

『約束の日が来たら、小春にすべてを話す。』

そして、その下に日付が書かれていた。

――9月20日。

「……9月20日?」

小春はカレンダーを見る。

今日は9月18日。

あと二日。

*

翌朝。

小春は会社へ向かった。

湊の姿はなかった。

机も空いている。

「……本当に、いない」

胸が締めつけられた。

仕事をしていても、何をしていても、湊のことばかり考えてしまう。

傘を貸してくれたこと。

手を握られたこと。

「小春」と呼ばれたこと。

そして――

「俺も困る」と言ったときの、あの顔。

忘れられるわけがない。

昼休み。

小春は一人で屋上へ向かった。

そこには、朝の男性社員がいた。

「……小春さん」

「湊さんは、どこですか?」

「知らない」

「嘘ですよね?」

男性は黙った。

小春は写真を取り出した。

「9月20日って、何の日なんですか?」

男性の顔色が変わった。

「……誰から聞いた?」

「湊さんの手紙に書いてありました」

男性はしばらく黙ったあと、静かに口を開いた。

「その日、小春さんのお父さんが亡くなった日だ」

小春の呼吸が止まった。

「……え?」

「でも、それだけじゃない」

男性は小春を見つめた。

「湊さんが、君に会わなくなった日でもある」

「……どういうこと?」

「湊さんは、あの日からずっと君を守るって決めたんだ」

「どうして……?」

男性は答えなかった。

その代わり、小春に一枚の紙を差し出した。

「これを読めば分かる」

小春が受け取った紙には――

小春の父親が最後に残した言葉が書かれていた。

小春は、一行目を読んだ。

そして――

その場から動けなくなった。

『湊へ。小春を守るためなら、君が小春に嫌われても構わない。』

――第9話「父が残した約束」に続く。