第9話 父が残した約束

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小春は、手にした紙から目を離せなかった。

そこに書かれていたのは、父親から湊へ宛てた最後の言葉。

――小春を守るためなら、君が小春に嫌われても構わない。

「……どういうこと?」

小春は顔を上げた。

「私を守るって……何から?」

目の前の男性社員は、しばらく黙っていた。

やがて、ゆっくり口を開く。

「小春さんのお父さんは、亡くなる前に湊さんへ頼んだんだ」

「何を?」

「自分がいなくなったあとも、小春さんを守ってほしいって」

「……それだけ?」

「いや」

男性は首を横に振った。

「もう一つ、条件があった」

小春の胸がざわつく。

「小春さんには、何も知らせないこと」

「……どうして?」

「知れば、小春さんまで巻き込まれるから」

「何に?」

男性は答えなかった。

その代わり、ポケットから一枚の古い新聞記事を取り出した。

そこには、十数年前の事故の記事が載っていた。

――ある会社の経営者が、事故に巻き込まれ死亡。

小春は記事を読み進める。

そこに書かれていた名前を見て、息をのんだ。

「……これ、お父さん?」

「そう」

「でも……事故って」

「表向きは、ただの事故だった」

男性の声が低くなる。

「でも、湊さんはずっと違うと思ってた」

小春は新聞を握りしめた。

「じゃあ……父は事故で亡くなったんじゃないの?」

「それは、俺にも分からない」

「じゃあ、どうして湊さんは……」

言葉が続かなかった。

そのとき、小春のスマートフォンが震えた。

また、あの番号。

画面には一枚の写真が送られてきていた。

古い写真だった。

そこには、事故が起きる直前と思われる父親の姿。

その隣には――

若い頃の湊。

そして、もう一人。

小春は、その人物を見て目を見開いた。

「……この人」

見覚えがある。

最近、何度も自分の前に現れていた男性。

「……まさか」

写真の下には、メッセージが一つ。

『あなたのお父さんが最後に会ったのは、湊さんではありません。』

続いて、もう一通。

『湊さんが守っているのは、あなたではない。』

小春の手が震えた。

「じゃあ……誰を守ってるの?」

その瞬間、男性社員が小春のスマートフォンを見た。

「……これ、誰から?」

「分かりません」

男性は写真を見つめたまま、顔を強張らせた。

「小春さん……その写真、湊さんには見せないで」

「どうして?」

「この人が……」

男性が言いかけた、そのとき。

屋上のドアが開いた。

二人が振り返る。

そこに立っていたのは――

湊だった。

「……小春」

久しぶりに聞く、その声。

小春の胸が大きく鳴った。

「湊さん……」

湊は、小春の手にある写真を見る。

そして、その瞬間――

顔色を変えた。

「……それを、どこで手に入れた?」

「送られてきました」

「誰から?」

「分かりません」

湊は何も言わなかった。

ただ、小春の手から写真を取ろうとする。

「小春、それを俺に渡して」

「嫌です」

小春は初めて、湊の手を避けた。

「もう、何も隠さないって言いましたよね?」

湊が黙る。

「私は、湊さんを信じたい」

小春は震える声で続けた。

「でも、何も教えてもらえないまま信じろって言われても……無理です」

湊の目が揺れた。

「……小春」

「私、湊さんのこと――」

そこまで言った瞬間。

湊が小春の言葉を遮った。

「言わないで」

「……え?」

「それ以上、言わないで」

苦しそうな声だった。

「どうして?」

湊は目を伏せた。

そして、静かに言った。

「……君に好きだと言われたら、俺は約束を破るから」

小春の心臓が、大きく鳴った。

「……約束って?」

湊は答えなかった。

ただ、苦しそうに小春を見つめた。

その目を見た瞬間、小春には分かった。

――湊も、同じ気持ちなのかもしれない。

そして、その瞬間。

スマートフォンが震えた。

新しいメッセージ。

『3回目。』

小春は画面を見つめた。

続いて届いた一文に、息をのむ。

『次に湊さんがあなたを抱きしめたら、すべてを思い出します。』

――第10話「約束を破る日」に続く。