小春は、手にした紙から目を離せなかった。
そこに書かれていたのは、父親から湊へ宛てた最後の言葉。
――小春を守るためなら、君が小春に嫌われても構わない。
「……どういうこと?」
小春は顔を上げた。
「私を守るって……何から?」
目の前の男性社員は、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくり口を開く。
「小春さんのお父さんは、亡くなる前に湊さんへ頼んだんだ」
「何を?」
「自分がいなくなったあとも、小春さんを守ってほしいって」
「……それだけ?」
「いや」
男性は首を横に振った。
「もう一つ、条件があった」
小春の胸がざわつく。
「小春さんには、何も知らせないこと」
「……どうして?」
「知れば、小春さんまで巻き込まれるから」
「何に?」
男性は答えなかった。
その代わり、ポケットから一枚の古い新聞記事を取り出した。
そこには、十数年前の事故の記事が載っていた。
――ある会社の経営者が、事故に巻き込まれ死亡。
小春は記事を読み進める。
そこに書かれていた名前を見て、息をのんだ。
「……これ、お父さん?」
「そう」
「でも……事故って」
「表向きは、ただの事故だった」
男性の声が低くなる。
「でも、湊さんはずっと違うと思ってた」
小春は新聞を握りしめた。
「じゃあ……父は事故で亡くなったんじゃないの?」
「それは、俺にも分からない」
「じゃあ、どうして湊さんは……」
言葉が続かなかった。
そのとき、小春のスマートフォンが震えた。
また、あの番号。
画面には一枚の写真が送られてきていた。
古い写真だった。
そこには、事故が起きる直前と思われる父親の姿。
その隣には――
若い頃の湊。
そして、もう一人。
小春は、その人物を見て目を見開いた。
「……この人」
見覚えがある。
最近、何度も自分の前に現れていた男性。
「……まさか」
写真の下には、メッセージが一つ。
『あなたのお父さんが最後に会ったのは、湊さんではありません。』
続いて、もう一通。
『湊さんが守っているのは、あなたではない。』
小春の手が震えた。
「じゃあ……誰を守ってるの?」
その瞬間、男性社員が小春のスマートフォンを見た。
「……これ、誰から?」
「分かりません」
男性は写真を見つめたまま、顔を強張らせた。
「小春さん……その写真、湊さんには見せないで」
「どうして?」
「この人が……」
男性が言いかけた、そのとき。
屋上のドアが開いた。
二人が振り返る。
そこに立っていたのは――
湊だった。
「……小春」
久しぶりに聞く、その声。
小春の胸が大きく鳴った。
「湊さん……」
湊は、小春の手にある写真を見る。
そして、その瞬間――
顔色を変えた。
「……それを、どこで手に入れた?」
「送られてきました」
「誰から?」
「分かりません」
湊は何も言わなかった。
ただ、小春の手から写真を取ろうとする。
「小春、それを俺に渡して」
「嫌です」
小春は初めて、湊の手を避けた。
「もう、何も隠さないって言いましたよね?」
湊が黙る。
「私は、湊さんを信じたい」
小春は震える声で続けた。
「でも、何も教えてもらえないまま信じろって言われても……無理です」
湊の目が揺れた。
「……小春」
「私、湊さんのこと――」
そこまで言った瞬間。
湊が小春の言葉を遮った。
「言わないで」
「……え?」
「それ以上、言わないで」
苦しそうな声だった。
「どうして?」
湊は目を伏せた。
そして、静かに言った。
「……君に好きだと言われたら、俺は約束を破るから」
小春の心臓が、大きく鳴った。
「……約束って?」
湊は答えなかった。
ただ、苦しそうに小春を見つめた。
その目を見た瞬間、小春には分かった。
――湊も、同じ気持ちなのかもしれない。
そして、その瞬間。
スマートフォンが震えた。
新しいメッセージ。
『3回目。』
小春は画面を見つめた。
続いて届いた一文に、息をのむ。
『次に湊さんがあなたを抱きしめたら、すべてを思い出します。』
――第10話「約束を破る日」に続く。