「次に湊さんがあなたを抱きしめたら、すべてを思い出します。」
そのメッセージを、小春は何度も読み返した。
意味が分からない。
「……思い出すって、何を?」
湊は小春のスマートフォンを見つめたまま、何も言わなかった。
「湊さん」
「……帰ろう」
「答えてください」
「今は、無理だ」
「どうして?」
湊は苦しそうに目を伏せた。
「これ以上、君に近づいたら……本当に約束を破ってしまうから」
「その約束って、何なんですか?」
湊は答えなかった。
ただ、小春から一歩離れた。
それが、何より悲しかった。
「……私、何も知らないままなのが一番嫌です」
「分かってる」
「じゃあ、教えてください」
「小春」
「はい」
「俺を信じて」
小春は唇を噛んだ。
「……信じたいです」
その言葉に、湊の表情が揺れた。
*
その日の帰り。
小春は一人で駅へ向かっていた。
雨が降っていた。
傘を開こうとした、そのとき。
「小春」
振り返ると、湊がいた。
息を切らしている。
「……湊さん?」
「これ」
湊が差し出したのは、一本の傘だった。
「また傘……」
小春が少し笑う。
「何度、私に傘を貸すんですか?」
「何度でも」
その答えに、小春の胸が高鳴った。
「……どうして?」
湊は答えなかった。
代わりに、小春の肩に落ちた雨粒をそっと払った。
「風邪ひくよ」
その優しさが、今は苦しかった。
「湊さん」
「ん?」
「私、湊さんのこと……」
小春が言いかける。
湊の目が揺れた。
「言わないで」
「でも……」
「今は、まだ」
そう言って、湊は小春から離れようとした。
その瞬間。
小春が湊の袖をつかんだ。
「行かないで」
湊の動きが止まった。
「……小春」
「私、何も分からないけど」
小春の目から涙がこぼれた。
「湊さんがいなくなるのは、嫌です」
湊はしばらく何も言わなかった。
そして――
ゆっくりと小春を抱きしめた。
「……ごめん」
その瞬間だった。
頭の奥で、何かが弾けた。
雨の音。
小さな自分。
一本の傘。
そして――
誰かの手。
『大丈夫。俺がいるから』
「……っ」
小春の目の前に、幼い頃の記憶が次々と浮かんだ。
父親。
湊。
そして、もう一人の男。
事故の前日。
父親が湊に何かを渡している。
「これを、小春に渡してくれ」
『でも……』
「頼む。あの子には何も知らせないでくれ」
そして最後に――
父親が湊へ言った。
『もし俺に何かあったら――』
記憶がそこで途切れた。
小春は湊の胸元で、震えていた。
「……思い出した」
湊の腕が止まる。
「何を?」
小春はゆっくり顔を上げた。
「お父さんが……湊さんに渡したもの」
湊の顔から、血の気が引いた。
「……何を思い出した?」
小春は震える声で答えた。
「お父さんが最後に言った言葉……」
湊は息をのんだ。
そして、小春が口にした言葉は――
「湊さん……私を守ってって頼まれたんじゃないですよね?」
湊の表情が、初めて崩れた。
――第11話「本当の約束」に続く。