第10話 約束を破る日

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「次に湊さんがあなたを抱きしめたら、すべてを思い出します。」

そのメッセージを、小春は何度も読み返した。

意味が分からない。

「……思い出すって、何を?」

湊は小春のスマートフォンを見つめたまま、何も言わなかった。

「湊さん」

「……帰ろう」

「答えてください」

「今は、無理だ」

「どうして?」

湊は苦しそうに目を伏せた。

「これ以上、君に近づいたら……本当に約束を破ってしまうから」

「その約束って、何なんですか?」

湊は答えなかった。

ただ、小春から一歩離れた。

それが、何より悲しかった。

「……私、何も知らないままなのが一番嫌です」

「分かってる」

「じゃあ、教えてください」

「小春」

「はい」

「俺を信じて」

小春は唇を噛んだ。

「……信じたいです」

その言葉に、湊の表情が揺れた。

*

その日の帰り。

小春は一人で駅へ向かっていた。

雨が降っていた。

傘を開こうとした、そのとき。

「小春」

振り返ると、湊がいた。

息を切らしている。

「……湊さん?」

「これ」

湊が差し出したのは、一本の傘だった。

「また傘……」

小春が少し笑う。

「何度、私に傘を貸すんですか?」

「何度でも」

その答えに、小春の胸が高鳴った。

「……どうして?」

湊は答えなかった。

代わりに、小春の肩に落ちた雨粒をそっと払った。

「風邪ひくよ」

その優しさが、今は苦しかった。

「湊さん」

「ん?」

「私、湊さんのこと……」

小春が言いかける。

湊の目が揺れた。

「言わないで」

「でも……」

「今は、まだ」

そう言って、湊は小春から離れようとした。

その瞬間。

小春が湊の袖をつかんだ。

「行かないで」

湊の動きが止まった。

「……小春」

「私、何も分からないけど」

小春の目から涙がこぼれた。

「湊さんがいなくなるのは、嫌です」

湊はしばらく何も言わなかった。

そして――

ゆっくりと小春を抱きしめた。

「……ごめん」

その瞬間だった。

頭の奥で、何かが弾けた。

雨の音。

小さな自分。

一本の傘。

そして――

誰かの手。

『大丈夫。俺がいるから』

「……っ」

小春の目の前に、幼い頃の記憶が次々と浮かんだ。

父親。

湊。

そして、もう一人の男。

事故の前日。

父親が湊に何かを渡している。

「これを、小春に渡してくれ」

『でも……』

「頼む。あの子には何も知らせないでくれ」

そして最後に――

父親が湊へ言った。

『もし俺に何かあったら――』

記憶がそこで途切れた。

小春は湊の胸元で、震えていた。

「……思い出した」

湊の腕が止まる。

「何を?」

小春はゆっくり顔を上げた。

「お父さんが……湊さんに渡したもの」

湊の顔から、血の気が引いた。

「……何を思い出した?」

小春は震える声で答えた。

「お父さんが最後に言った言葉……」

湊は息をのんだ。

そして、小春が口にした言葉は――

「湊さん……私を守ってって頼まれたんじゃないですよね?」

湊の表情が、初めて崩れた。

――第11話「本当の約束」に続く。