「湊さん……私を守ってって頼まれたんじゃないですよね?」
小春の言葉に、湊は何も答えなかった。
雨の音だけが、二人の間に響いている。
「……違うんですか?」
もう一度聞くと、湊はゆっくり目を閉じた。
そして――
「違う」
小春の胸が、ざわついた。
「じゃあ、何を頼まれたんですか?」
湊はしばらく黙っていた。
やがて、小春の手をそっと離す。
「君のお父さんに頼まれたのは……」
湊は苦しそうに息を吐いた。
「小春を、俺から遠ざけることだった」
「……え?」
小春は言葉を失った。
「どうして……?」
「君のお父さんは、自分が死んだあと、俺が君のそばにいると危険だと思ってた」
「危険って……何が?」
湊は答えなかった。
「だから俺は、君に嫌われるようにした」
小春の胸が痛んだ。
「……嫌われるように?」
「冷たくしたり、距離を置いたり……わざと君を傷つけるようなことも言った」
「でも……」
小春は首を横に振った。
「湊さん、私に傘を貸してくれました」
「……」
「手も握ってくれた」
湊が目を伏せる。
「それに……私が困ってると、いつも助けてくれた」
「それは……」
湊の声が小さくなる。
「約束を守れなかっただけだ」
「……どういう意味?」
湊は小春を見つめた。
「君を遠ざけるはずだった」
そして、少しだけ笑った。
「でも、無理だった」
その言葉に、小春の目から涙がこぼれた。
「……ずるいです」
「うん」
「そんなこと言われたら……」
小春は涙を拭った。
「もっと好きになるじゃないですか」
湊の表情が固まった。
「……小春」
「私、もう戻れません」
「……」
「湊さんを好きになる前には、戻れない」
湊は何も言わなかった。
ただ、震える手で小春の頬に触れた。
「……俺も」
その一言だけだった。
小春の胸が、大きく鳴った。
*
その夜。
小春は自宅で、父親の写真を見つめていた。
すると、スマートフォンが震えた。
あの番号からだった。
『本当の約束を知りましたね。』
小春は画面を見つめる。
続いて――
『でも、まだ一つだけ嘘があります。』
「……嘘?」
さらにメッセージが届く。
『湊さんがあなたを遠ざけた本当の理由は、お父さんとの約束ではありません。』
小春の指が止まった。
そして、最後の一文。
『あなたのお父さんが亡くなった夜、湊さんはその場所にいました。』
小春の顔から血の気が引いた。
「……嘘」
湊は、事故のことを知っているだけじゃない。
あの夜――
父親が亡くなった場所に、いた。
――第12話「事故の夜」に続く。