「どうして、迎えに来なかったの?」
二階の窓に立つ女の子がそう言ったように見えた。
私はその場から動けなかった。
「……何?」
もう一度、女の子を見る。
けれど、窓には誰もいなかった。
カーテンだけが、風に揺れている。
私は自分に言い聞かせるように笑った。
「……見間違いだよ」
そう呟いて、家を離れた。
でも、歩き出してからも、あの言葉が頭から離れなかった。
――どうして、迎えに来なかったの?
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が痛んだ。
まるで、ずっと前から知っている言葉みたいだった。
家に戻ると、私は昔のアルバムをもう一度開いた。
莉奈。
写真の中の莉奈は、いつも私の隣にいる。
二人で笑っている。
ふざけている。
変な顔をしている。
今まで私は、それを当たり前だと思っていた。
私たちは小さい頃からずっと一緒だった。
家が近くて、同じ幼稚園に通い、小学校も中学校も同じ。
親同士も仲が良かった。
だから、私にとって莉奈は「友達」という言葉だけでは少し足りなかった。
姉妹みたいな存在。
……そう思っていた。
けれど、写真を見ているうちに、ひとつ気になることがあった。
莉奈の写真はたくさんある。
なのに、
中学に入ってからの写真が一枚もない。
私はアルバムをめくる。
小学校六年生までは、何枚もある。
卒業式。
最後の給食。
桜の木の下。
でも、中学生になってからは――
一枚もない。
「なんで……?」
私は記憶を探った。
中学に入ってからも、莉奈とは会っていたはずだ。
なのに、写真がない。
その理由が思い出せない。
その夜。
私は眠れずに、スマホの古い写真を探していた。
すると、削除した写真を保存しているフォルダに、見覚えのない画像があった。
撮影日は、
15年前の7月24日。
私は指を止めた。
開く。
そこには、子どもの私と莉奈が写っていた。
二人とも笑っている。
撮影場所は――
あの家の前。
私は写真を拡大した。
莉奈は、赤い髪留めをつけている。
そして私の手には、小さな青いキーホルダーが握られていた。
「これ……」
私は自分の記憶を探った。
このキーホルダーには見覚えがある。
小学校の頃、莉奈とお揃いで買ったものだ。
莉奈は赤。
私は青。
二人で、
「大人になっても持ってようね」
そう言っていた。
そこまでは覚えている。
でも、その次に莉奈が言った言葉が思い出せない。
私は写真を眺めながら呟いた。
「何を約束したんだっけ……」
その瞬間。
頭の奥で、誰かの声がした。
――三時。
私は目を閉じた。
すると、もう一つの言葉が浮かんだ。
――絶対に来てね。
私は目を開けた。
心臓が大きく鳴っている。
「……三時?」
7月24日。
3時。
あのメモに書かれていた時間。
そして、
「まってる」
という言葉。
私は急いで写真の撮影日時を確認した。
14時58分。
約束の時間まで、あと二分。
私は立ち上がった。
「じゃあ……私は、このあと何をしたの?」
その答えだけが、どうしても思い出せなかった。
翌朝。
私は母に電話した。
「お母さん」
『なに?』
「莉奈のこと、聞きたい」
母は黙った。
「私と莉奈って……最後の日、何か約束してた?」
『……どうして?』
「昨日、昔の写真を見つけたの」
しばらく沈黙。
そして母が言った。
『莉奈ちゃんは、あなたを待ってた』
「……え?」
『あの日、午後3時に会う約束をしてたでしょう』
私は息を止めた。
「私……行った?」
母は答えなかった。
「ねえ、お母さん。私、行ったの?」
長い沈黙のあと、
母は小さな声で言った。
『……あなたは、行かなかった』
胸が締め付けられた。
「なんで?」
『それは……』
母が言葉を濁す。
「私、何かあったの?」
『もう忘れなさい』
「無理だよ」
『忘れたほうがいいの』
母はそれだけ言って電話を切った。
私はスマホを見つめた。
そして、ふと気づいた。
昨日見つけた写真。
14時58分。
写真の中で、莉奈は笑っている。
約束の時間まで、あと二分。
私は写真をもう一度見た。
すると、今まで気づかなかったものが目に入った。
写真の奥。
玄関の脇にある小さな時計。
針は、
2時58分を指していた。
写真が撮られた時間と、時計の時間は一致している。
つまり、この写真が撮られた直後――
私は莉奈との約束のために、あの家を出たはずだった。
なのに、母は言った。
「あなたは、行かなかった」
では、私は14時58分から15時までの間に、
どこへ行ったのだろう。