あの家には、誰も住んでいない|第2話 写真の中の少女

執筆者:

カテゴリ:

母との電話を切ったあとも、私はしばらくスマホを握ったまま動けなかった。

画面には、昨日撮った写真が表示されている。

白い家。

濃い茶色の屋根。

庭の金木犀。

そして、二階の窓に立つ女の子。

私は写真をもう一度拡大した。

「……誰?」

もちろん、答えはない。

写真の中の女の子は、こちらを見ている。

顔ははっきり写っていない。

逆光のせいで、目元が暗く潰れている。

それでも、服装だけは分かった。

白いTシャツ。

紺色のスカート。

そして、右手に何かを持っている。

私は写真を保存して、母に送った。

『これ、昨日撮った写真』

既読がつく。

けれど、返信は来ない。

五分。

十分。

十五分。

痺れを切らして電話をかけると、母は一度目の呼び出しで出た。

「これ、見て」

『……見たくない』

「え?」

『その写真、消して』

母の声は、明らかに怯えていた。

「なんで?」

『いいから。今すぐ』

「お母さん、何か知ってるの?」

しばらく沈黙が続いた。

やがて母が言った。

『その服……』

「うん?」

『莉奈が、火事の日に着てた服と同じ』

背中に冷たいものが走った。

「……どういうこと?」

『知らない。私は知らない』

「でも、お母さんが――」

『もう、この話はやめよう』

それだけ言って、母は電話を切った。


私はもう一度、写真を見た。

白いTシャツ。

紺色のスカート。

確かに、どこか懐かしい。

でも、それだけじゃない。

私は写真の女の子が右手に持っているものを拡大した。

小さな赤いもの。

何なのか分からない。

そこでふと、昨日見たアルバムを思い出した。

私は実家に戻り、古いアルバムを探した。

昨日の写真。

「7月24日」

そして、

「りなちゃんのいえ」

と書かれていた写真。

ページをめくる。

莉奈が写っている写真を一枚ずつ確認していく。

運動会。

遠足。

夏祭り。

誕生日。

どの写真でも、莉奈は笑っている。

でも――

服装が違う。

白いTシャツと紺色のスカートを着た写真だけが、なぜか見つからない。

私はアルバムを閉じた。

そのとき、床に何かが落ちた。

小さな紙切れだった。

拾い上げる。

古いレシートの裏に、子どもの字で何かが書いてある。

「7月24日 3時」

その下には、

「まってる」

と書いてあった。

私は息を止めた。

誰を?

何を?

私は、その字を知っている気がした。

でも思い出せない。


その日の午後。

私はもう一度、莉奈の家があった場所へ向かった。

母には止められた。

でも、自分の目で確かめたかった。

昨日と同じ道を歩く。

角を曲がる。

そして――

私は立ち止まった。

そこには確かに、家があった。

昨日と同じ白い壁。

同じ茶色の屋根。

同じ金木犀。

「……あるじゃん」

思わず呟いた。

私は家に近づいた。

表札を見る。

そこには、

「高橋」

と書かれていた。

莉奈の名字と同じだった。

私はインターホンに手を伸ばしかけて、やめた。

その瞬間。

二階の窓が開いた。

昨日の女の子だった。

私は思わず後ずさった。

女の子は、何も言わない。

ただ私を見ている。

そして――

右手をゆっくり上げた。

そこには、赤いものが握られていた。

昨日、写真に写っていたもの。

小さな赤い髪留め。

私は息を呑んだ。

その髪留めには見覚えがあった。

子どもの頃、莉奈がいつも大切にしていたものだ。

私は震える声で言った。

「……それ、どこで拾ったの?」

女の子は答えない。

ただ、じっと私を見ている。

そして、唇だけを動かした。

声は聞こえなかった。

でも、私は読めた。

女の子は、

こう言った。

「どうして、迎えに来なかったの?」