第15話 最後の一行

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倉庫の扉が、ゆっくりと開いた。

そこに立っていたのは――

神谷だった。

小春は息をのんだ。

写真の中にいた男。

父親と話していた男。

そして、あの事故の夜にいた男。

「……神谷さん」

小春が名前を呼ぶと、神谷は少しだけ笑った。

「覚えていたか」

「どうして……ここに?」

神谷は小春ではなく、湊を見た。

「それは、こっちが聞きたい」

湊が一歩前に出る。

「小春には関係ない」

「まだそんなことを言うのか」

神谷の声が低くなる。

「お前は昔から何も変わらないな」

「……何?」

「守るふりをして、全部一人で抱え込む」

小春は二人を見つめた。

「教えてください」

二人が小春を見る。

「お父さんが亡くなった夜、何があったんですか?」

長い沈黙。

やがて、神谷が口を開いた。

「事故だった」

小春は目を見開いた。

「……事故?」

「そうだ」

神谷は続けた。

「お前の父親を殺したのは、俺じゃない」

「じゃあ……」

「俺は、あの夜、お前の父親を助けようとしていた」

小春は言葉を失った。

神谷は静かに話し始めた。

あの日。

小春の父親は、ある秘密を守るために神谷と会っていた。

その秘密とは――

小春の母親が残したものだった。

それを巡って、複数の人間が動いていた。

父親は小春を巻き込まないため、すべてを隠そうとしていた。

そして事故の直前。

父親は神谷に、こう言った。

『小春を頼む』

神谷が首を横に振る。

「俺は、お前の父親との約束を守ろうとした」

「じゃあ、どうして湊さんが……」

「湊の父親から、別の命令が出たんだ」

小春は湊を見る。

湊は黙っていた。

「小春を遠ざけろ」

神谷が言った。

「それが、湊に与えられた約束だった」

「……だから、湊さんは私を避けてた?」

「そうだ」

小春は湊を見る。

「じゃあ……全部、私を守るためだったの?」

湊はゆっくりとうなずいた。

「でも、一つだけ嘘をついた」

「……何?」

「俺が君を好きになったのは、約束を破ったからじゃない」

小春が息を止める。

湊は小春を見つめた。

「約束を守ろうとしても、好きになってしまった」

その言葉に、小春の目から涙がこぼれた。

「……ずるい」

「うん」

「そんなこと言われたら……」

小春は涙を拭った。

「もっと好きになる」

湊が小さく笑う。

「俺も」

神谷は二人を見て、静かに背を向けた。

「もう俺の役目は終わった」

「神谷さん」

小春が呼び止める。

神谷は振り返らずに言った。

「お前の父親は、最後までお前のことを心配していた」

そして、ポケットから一枚の紙を取り出した。

「これを渡しておく」

小春が受け取る。

そこには、父親の字で短い文章が書かれていた。

――小春へ。

――もし、この手紙を読む日が来たら、もう誰にも遠慮しなくていい。

――自分の好きな人を、自分で選びなさい。

小春の涙が止まらなくなった。

「……お父さん」

湊が小春の隣に立つ。

「小春」

「はい」

「もう、俺から離れなくていい」

小春は湊を見る。

「……約束ですか?」

湊は少し笑った。

「約束」

「今度は、破らない?」

「絶対に」

小春は笑った。

そして、自分から湊の手を握った。

「じゃあ……私も約束します」

「何を?」

小春は少し照れながら言った。

「もう、湊さんのことを好きなのを隠しません」

湊は小春の手を握り返した。

二人の間に、もう秘密はなかった。

あの日から長い時間をかけて、ようやく二人は同じ場所に立った。

そして――

小春は、父親からの手紙をもう一度開いた。

最後に書かれていた一行。

そこには、こう記されていた。

『大切な人を守ることと、大切な人のそばにいることは、きっと同じなんだ。』

小春は、その一行を指でなぞった。

そして、湊の手をもう一度強く握った。

――もう、離さない。

「最後の一行」

それは、物語を終わらせるための言葉じゃない。

これから始まる二人の物語の、最初の一行だった。