第3話 隠された写真

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翌朝。

小春が会社に着くと、まだ始業時間には少し早かった。

エントランスを抜けたところで、見覚えのある姿が目に入る。

「……湊さん?」

柱の横に立っていたのは、湊だった。

「おはよう」

「お、おはようございます。どうしたんですか? こんな早く」

「別に。たまたま」

そう言いながら、湊は小春の手元を見た。

「……傘は?」

「あ……」

昨日借りた傘は、家に置いたままだった。

「忘れました」

「やっぱり」

湊が小さく笑った。

その瞬間、窓の外で雨が降り始めた。

「えっ……」

小春が窓に近づくと、湊がため息をつく。

「だから言ったのに」

「天気予報では降らないって……」

そのときだった。

「小春さん」

後ろから声をかけられた。

振り返ると、同じ部署の男性社員が立っていた。

「これ、よかったら使って」

差し出されたのは、黒い折りたたみ傘。

「昨日も傘なかったよね。たまたま予備があったから」

「あ、ありがとうございます」

小春が受け取ろうとした瞬間――

「……それ、受け取らなくていい」

湊の声がした。

「え?」

湊は小春の手から傘を取り上げると、自分の傘を開いた。

「こっち」

「でも……」

「駅まで送る」

そう言って、湊は小春の手を取った。

ほんの一瞬だった。

けれど、その手の温かさは、離れたあともしばらく残っていた。

*

昼休み。

小春が一人で休憩室にいると、朝の男性社員がやってきた。

「ちょっと、いい?」

「はい?」

彼はポケットから一枚の写真を取り出した。

「これ……小春さんだよね?」

写真には、幼い頃の小春が写っていた。

そして、その隣には――知らない若い男性。

「……誰?」

「それは、俺にも詳しくは分からない」

「じゃあ、なんで私の写真を……」

男性は少し迷ってから言った。

「これ、湊さんには見せないほうがいい」

「どうして?」

答えを聞く前に、休憩室のドアが開いた。

「小春」

湊だった。

視線が、写真に向けられる。

「……何の写真?」

「え?」

湊の表情が、初めて明らかに変わった。

「それ……どこで?」

「この人が……」

小春が振り返ると、男性社員はもういなかった。

「小春」

湊が静かに言う。

「その人には、あまり近づかないほうがいい」

「どうして?」

「……言ったら、君が俺を嫌いになるから」

その言葉が、胸に引っかかった。

「湊さん……何を知ってるんですか?」

「今は、まだ言えない」

「どうして?」

湊は答えなかった。

ただ、小春を見つめていた。

その目が、いつもよりずっと苦しそうに見えた。

*

その夜。

小春のスマートフォンが震えた。

また、あの番号からだった。

『写真の男性を知りたいですか?』

小春は迷いながら画面を開いた。

続いて、もう一通。

『この男は、あなたのお父さんです。』

「……お父さん?」

小春の指が震えた。

父親は、小春が幼い頃に亡くなったと聞かされていた。

それなのに――。

さらにメッセージが届く。

『湊さんが隠していることを、私は全部知っています。』

小春は画面を見つめたまま動けなかった。

そのとき。

窓の外に、人影が見えた。

「……え?」

慌てて窓に近づく。

そこに立っていたのは――湊だった。

手には、朝と同じ黒い傘。

小春は息をのんだ。

その傘を見た瞬間、昼間の写真と、あの男性の言葉が頭をよぎった。

――湊さんには見せないほうがいい。

どうして?

どうして湊は、あの写真を見た瞬間に、あんな顔をしたの?

そして――

どうして私のことを、こんなにも気にかけてくれるの?

小春は窓越しに湊を見つめた。

胸の奥が、また苦しくなる。

いつの間にか――
湊に嫌われることより、
湊を好きになってしまった自分のほうが、怖かった。

――第4話「隠された秘密」に続く。