第2話 二人目の傘

執筆者:

カテゴリ:

翌朝。

小春は、昨日のメッセージを何度も読み返していた。

『その人に近づかないでください』

『湊さんを好きになってはいけません』

『あなたが彼を好きになるまで、あと3回です。』

いたずらなのかもしれない。

そう思おうとした。

けれど、気味が悪かった。

何より――

「どうして、私が湊さんを好きになることを知ってるの?」

小春はスマートフォンをバッグにしまった。

まだ好きじゃない。

絶対に。

そう自分に言い聞かせながら会社へ向かった。


「おはようございます」

「おはよう」

いつものように挨拶をして、自分の席へ向かう。

すると、机の上に小さな紙袋が置かれていた。

「……何これ?」

中を見ると、昨日借りたものと同じ折り畳み傘が入っていた。

そして、その上にメモ。

『昨日の傘、これで返したことにして。』

小春は思わず笑ってしまった。

「湊さん……?」

振り返る。

少し離れたところで、湊がパソコンを見ていた。

「これ、湊さんが?」

「うん」

「どうして?」

「小春さん、昨日の傘、返すって言ってたでしょ」

「はい」

「でも、俺が使う傘なくなるから」

「……え?」

「だから買ってきた」

小春は目を丸くした。

「わざわざ……?」

「駅のコンビニで」

「そういうこと……」

なんだ。

ちょっと期待した自分が恥ずかしい。

小春が俯くと、湊が小さく笑った。

「何?」

「いえ……」

「顔、赤いけど」

「赤くないです!」

思わず大きな声が出た。

近くにいた同僚が振り返る。

「小春ちゃん、朝から湊さんと何してるの?」

「何もしてません!」

湊は笑いながら自分の席へ戻っていった。

小春はその背中を見ながら、胸を押さえた。

――やっぱり、少し変だ。

昨日まで何とも思っていなかったのに。


その日の午後。

小春が資料をコピーしていると、突然プリンターが止まった。

「あれ……?」

何度やっても動かない。

困っていると、後ろから手が伸びてきた。

「紙、詰まってる」

「わっ……」

振り返ると、湊がすぐ後ろに立っていた。

近い。

思わず一歩下がる。

湊は何も気にせずプリンターを直している。

「はい」

「ありがとうございます」

「小春さんってさ」

「はい?」

「すぐ顔に出るよね」

「え?」

「困ってる時も、嬉しい時も」

湊が小春を見る。

「分かりやすい」

その目が優しくて――

小春は、何も言えなくなった。

「……そうですか?」

「うん」

湊は少し笑った。

「俺は、そういうところ好きだけど」

「……え?」

湊は何事もなかったように、その場を離れていった。

小春はその場に立ち尽くした。

今――

「好き」って言った?

いや。

きっと、そういう意味じゃない。

そう思おうとした。

でも、胸の鼓動はなかなか収まらなかった。


仕事が終わり、会社を出る。

今日は雨が降っていない。

小春は駅へ向かって歩き始めた。

すると、後ろから声がした。

「小春さん」

振り返る。

湊だった。

「駅まで一緒に行く?」

「……はい」

並んで歩く。

昨日より少しだけ近い距離。

何を話せばいいのか分からない。

そんな小春に、湊が突然言った。

「昨日のメッセージ」

小春の足が止まった。

「……え?」

湊は小春を見る。

「届いたでしょ?」

心臓が止まりそうになった。

「なんで……」

「俺のこと、好きになるなってやつ」

小春は何も言えない。

湊は少し困ったように笑った。

「ごめん」

「湊さんが送ったんですか?」

「違う」

「じゃあ、誰が?」

湊は答えなかった。

代わりに、小春の手からバッグを取った。

「持つよ」

「え、でも……」

「いいから」

そして、歩き出す。

小春はその横顔を見ながら尋ねた。

「湊さん」

「ん?」

「私……湊さんを好きになったら、何か困ることありますか?」

湊の足が止まった。

しばらく黙ったあと――

「ある」

小春の胸が締めつけられる。

「……どんな?」

湊は小春を見つめた。

「俺が困る」

「え……?」

湊はそれ以上、何も言わなかった。

ただ、小春のバッグを持ったまま駅まで歩いた。

その夜。

また、知らない番号からメッセージが届いた。

今度は一言だけ。

『1回目。』

小春は画面を見つめた。

そして、その直後。

湊から初めてメッセージが届いた。

『明日、会社の前で待ってる。』

小春の胸が、また大きく鳴った。

でも――

そのメッセージの直後。

知らない番号から、もう一通。

『二人目の傘を受け取ったら、もう戻れません。』

小春は、昨日もらった傘を見つめた。

「……二人目?」

その言葉の意味を、まだ小春は知らなかった。

――第3話「二人目の傘」に続く。