第1話 【あなたを好きになるまで、あと3回。】

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転職して一週間。

小春は、まだ新しい職場に慣れずにいた。

コピー機の場所も、給湯室の使い方も、誰に何を聞けばいいのかも分からない。

その日も、資料を抱えたまま廊下で立ち止まっていた。

「……これ、どこに持っていけばいいんだろ」

小さく呟いた、その時。

「それ、会議室B」

後ろから声がした。

振り返ると、一人の男性が立っていた。

黒い髪。
白いシャツ。
無駄なことを話さなそうな、少し冷たい目。

「……ありがとうございます」

「初めてだよね」

「はい」

「じゃあ、ついてきて」

そう言って、彼は歩き出した。

小春も慌てて後を追う。

会議室に資料を置くと、彼は何も言わずに戻っていった。

「あの……!」

小春が呼び止める。

男性が振り返った。

「お名前……」

「ああ」

彼は少しだけ笑った。

「湊」

それだけ言って、また歩いていった。

その日の昼休み。

小春が一人でお弁当を食べていると、同僚の女性が隣に座った。

「小春ちゃん、もう湊さんと話した?」

「湊さん?」

「さっき廊下で一緒にいた人」

「あ、うん」

すると彼女は、少し驚いた顔をした。

「珍しい」

「何が?」

「湊さん、自分から新人に声かけたりしないから」

小春は箸を止めた。

「そうなの?」

「うん。無愛想で有名」

そう言われると、少し気になった。

確かに、優しいというより淡々としていた。

でも――

資料を運ぶ時、重そうなものを小春から自然に取ってくれた。

あれは、優しさじゃないのだろうか。

そんなことを考えていると、午後になった。

突然、外から雨の音が聞こえてきた。

帰る頃には、かなり強い雨になっていた。

小春は会社の入口で立ち尽くす。

傘を持ってきていない。

「最悪……」

その時。

頭上に傘が差し出された。

「使えば?」

振り返る。

湊だった。

「え?」

「俺、車だから」

「でも……」

「風邪ひくよ」

そう言って、湊は傘を小春の手に押しつけた。

「ありがとうございます」

「じゃあ」

「湊さん!」

また呼び止めてしまった。

湊が振り返る。

「明日、返します」

「いつでもいいよ」

そう言って、今度こそ歩いていった。

小春は、その背中を見つめていた。

胸が、少しだけ変な感じがした。

まだ名前を知ったばかりなのに。

なぜか、もう少し彼のことを知りたいと思った。

その夜。

小春は借りた傘を玄関に立てかけた。

そしてスマートフォンを見る。

会社の連絡先を確認していると――

一件のメッセージが届いた。

知らない番号だった。

『その人に近づかないでください』

小春は眉をひそめた。

誰?

もう一通。

『湊さんを好きになってはいけません』

心臓が、ドクンと鳴った。

そして最後に届いたメッセージ。

そこには――

『あなたが彼を好きになるまで、あと3回です。』

小春は、画面を見つめたまま動けなかった。

――第2話「二人目の傘」に続く。