第12話 本当の父親

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玄関の向こうから聞こえた声に、美咲は息を止めた。

「……お父さん?」

返事はなかった。

もう一度、ドアを叩く音がした。

コン、コン。

美咲は震える手でドアノブに触れた。

開けてはいけない。

そう思った。

なのに、指は止まらなかった。

ゆっくりとドアを開ける。

そこに立っていたのは――

見覚えのない男だった。

白髪の混じった髪。
少し痩せた顔。
そして、雨に濡れた古いコート。

男は美咲を見ると、悲しそうに笑った。

「大きくなったな」

「……誰?」

男は答えなかった。

代わりに、一枚の写真を差し出した。

それは、あの写真だった。

15年前の写真。

美咲、沙織、あの男、そして夫。

ただし――

今まで見ていた写真とは違った。

写真の端に、もう一人の男が写っていた。

美咲は目を見開いた。

「……この人……」

その顔には、確かに見覚えがあった。

子どもの頃。

家にあったアルバムの中で、何度も見た顔。

けれど、父親ではない。

父親だと思っていた男とは、別人だった。

「あなたは……誰なの?」

男はしばらく黙っていた。

そして、低い声で言った。

「私は、お前の父親だ」

美咲の手から写真が落ちた。

「……嘘」

「今まで、お前が父親だと思っていた男は、お前を育てた人間だ」

「じゃあ……本当の父親は……」

「私だ」

頭の中が真っ白になった。

母。

父。

沙織。

夫。

死んだはずの男。

全部が一本の糸でつながっている。

そんな気がした。

「じゃあ、15年前……あなたは何をしていたの?」

男の表情が変わった。

「私は、あの男を逃がした」

「……え?」

「そして、お前の母親には、二度とお前に会わないと約束した」

「どうして?」

男は美咲を見つめた。

「お前を守るためだ」

その言葉を聞いた瞬間、美咲の胸がざわついた。

母も、沙織も、夫も。

みんな同じことを言っていた。

――守るためだった。

でも。

守るためなら、なぜ嘘をついたのか。

なぜ記憶を消したのか。

なぜ母は死んだことにされたのか。

「私の母は……あなたを知っていたの?」

「ああ」

「そして、あの男も?」

男は小さくうなずいた。

「全員、知っていた」

「じゃあ、あの夜……何があったの?」

しばらく沈黙が続いた。

やがて男は言った。

「お前が知るべき時が来た」

そして、懐から一枚の封筒を取り出した。

封筒には、美咲の名前。

そして日付が書かれていた。

2011年11月3日。

DVDの日付と同じだった。

「これは、お前の母親が私に預けたものだ」

美咲が封筒を受け取る。

中には、一枚の紙だけが入っていた。

震える文字で、こう書かれていた。

――美咲へ。

――もし、この手紙をあなたが読んでいるなら、私はもう隠し続けることができなくなったということです。

美咲は震える指で、その先を追った。

そこには――

「あなたを産んだのは、沙織です。」

と書かれていた。

「……え?」

美咲の呼吸が止まる。

その瞬間。

背後からスマートフォンの着信音が鳴った。

画面には、登録していない番号。

恐る恐る出る。

「もしもし……?」

『美咲……』

聞こえてきたのは、沙織の声だった。

そして沙織は、泣きながら言った。

『ごめんね。もう全部、話す』

「沙織……?」

『今までずっと、あなたに言えなかった』

「どういうことなの?」

電話の向こうで、沙織が息を詰まらせる。

『私は……あなたにずっと嘘をついてた』

「何を……?」

しばらく沈黙が続いた。

そして――

『私が、あなたのお母さんなの』

美咲は言葉を失った。

その直後、電話の向こうで大きな物音がした。

「沙織?」

返事がない。

「沙織!?」

何度呼んでも、もう声は聞こえなかった。

ただ、切れた電話から微かなノイズだけが流れていた。

美咲はスマートフォンを握りしめたまま、動けなかった。

そして、ふと足元を見る。

さっき落とした写真。

その裏側に、今まで気づかなかった文字が書かれていた。

――「花が届いた理由を知れば、すべてが終わる。」

美咲は、その文字を見つめた。

毎週届いた花。

母の死。

消された記憶。

沙織。

そして――自分の出生。

すべては、あの花から始まった。

そして今、美咲は初めて思った。

もしかすると――

花は、誰かに真実を知らせるために届いていたのではない。

真実から美咲を遠ざけるために、届いていたのではないか。

第13話へ続く。