第11話 15年前の夜

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「……私の夫?」

看護師の言葉が、頭の中で何度も繰り返された。

10年前。

母が亡くなる直前。

病院に来ていた男性。

それが、私の夫。

「本当に……夫だったんですか?」

「はい」

看護師は頷いた。

「お名前も確認しました。間違いありません」

私は何も言えなかった。

夫は、母が亡くなったことを私と一緒に悲しんでいた。

少なくとも、私はそう思っていた。

なのに。

私の知らないところで、母に会っていた。

私は病院を出て、夫に電話をかけた。

今度はすぐに出た。

「美咲?」

「10年前、母が亡くなる前に病院に行った?」

電話の向こうが静かになった。

「……誰に聞いた?」

その一言で分かった。

夫は知っている。

「どうして行ったの?」

「お前の母親に呼ばれた」

「何を話したの?」

「……言えない」

「また?」

私は思わず声を荒らげた。

「また私に隠すの?」

「美咲、聞いてくれ」

「もう聞きたくない!」

電話を切った。

その夜、私は一人で家にいた。

夫は帰ってこなかった。

私は第8話で見たDVDをもう一度再生した。

15年前の映像。

私。

沙織。

あの男。

そして夫。

4人でいる。

私は画面を止めた。

「どうして……」

そのときだった。

頭の奥に、何かが引っかかった。

雨の音。

車のドアが閉まる音。

誰かの叫び声。

私は目を閉じた。

すると――

映像が浮かんだ。

15年前の夜。

私は車の中にいた。

隣には、あの男。

後部座席には沙織。

運転していたのは――

夫。

「どこへ行くの?」

私は聞いていた。

夫は答えなかった。

男が言った。

「美咲、今からでも遅くない」

「何が?」

「全部、お前に話す」

私は首を振った。

「聞きたくない」

「でも、お前のお父さんは――」

「やめて!」

私は叫んだ。

その瞬間。

車が急停車した。

夫が車を降りる。

男も降りる。

二人が激しく言い争っている。

私は車の中で震えていた。

沙織が私の手を握る。

「美咲、大丈夫」

「怖い……」

「大丈夫だから」

突然――

大きな音がした。

私は車から飛び出した。

そして見た。

雨の中に倒れている男。

そのそばに――

夫が立っていた。

私は叫んだ。

「何したの!?」

夫は何も言わなかった。

私は男のところへ駆け寄った。

「ねえ!」

返事がない。

私は泣きながら夫を見た。

「救急車を呼んで!」

夫は動かなかった。

「早く!」

それでも動かない。

そのとき、男がかすかに目を開けた。

そして私に向かって言った。

「……逃げろ」

「え?」

「お前の……父親が……」

そこで男の声が途切れた。

私は震えた。

「お父さんが……何?」

男は答えなかった。

そして、そのとき――

別の車のライトが近づいてきた。

沙織が叫んだ。

「美咲!逃げて!」

私は走った。

何も分からないまま。

ただ、怖かった。

そして――

その後の記憶がない。

私は目を開けた。

現在の自分の部屋だった。

頬が濡れている。

私は泣いていた。

「……思い出した」

全部ではない。

でも、確かに思い出した。

あの男は、あの夜、死んでいなかった。

少なくとも私が見たときは。

そして夫は――

男を殺したわけではない。

何か別のことをしていた。

私は急いで沙織に電話した。

「思い出した」

電話の向こうで、沙織が息を呑んだ。

「どこまで?」

「車の中にいたこと」

「……そう」

「あなたもいた」

「うん」

「夫もいた」

「うん」

私は一つずつ確認した。

「そして、あの男は生きてた」

沙織は答えなかった。

「ねえ、沙織」

「何?」

「あのあと、何があったの?」

長い沈黙。

そして沙織が言った。

「あなたが逃げたあと……」

声が震えていた。

「私は、あの人のところに戻った」

「どうして?」

「まだ生きていたから」

私は息を止めた。

「じゃあ……あの人は?」

「私が病院に連れて行った」

「……え?」

「でも、病院には行けなかった」

「どうして?」

沙織は泣きながら答えた。

「途中で、あの人が消えたの」

「消えた?」

「車を止めたほんの数分の間に」

私は混乱した。

「じゃあ、誰があの人を連れて行ったの?」

沙織は小さな声で言った。

「あなたのお父さん」

私は息を呑んだ。

「父が?」

「そう」

「でも父は……」

その瞬間。

沙織が言った。

「美咲」

「何?」

「あなたのお父さんは、15年前に亡くなってない」

私は凍りついた。

「……どういうこと?」

「あなたのお父さんは――」

沙織の声が震えた。

「今も生きてる」

電話が切れた。

私はしばらくスマートフォンを握ったまま動けなかった。

すると、玄関のチャイムが鳴った。

一度。

二度。

私は恐る恐る玄関へ向かった。

ドアの前には、誰かが立っていた。

「美咲」

聞き覚えのない、低い男の声。

「長い間、待たせたな」

私は息を止めた。

そして男は、こう言った。

「お前には、まだ何も話していないことがある」

第12話へ続く。