第8話 母が残したDVD

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「DVDです」

電話の向こうの女性は、そう言った。

「15年前のホームビデオを、DVDにダビングしたものです」

私は一瞬、言葉が出なかった。

「……15年前の?」

「はい。お母さまから預かっていました」

その日の午後、私は指定された花屋へ向かった。

古い小さな店だった。

店に入ると、年配の女性が私を見るなり、驚いたように目を見開いた。

「……あなた、美咲さん?」

「はい」

女性はしばらく私の顔を見つめていた。

「お母さまに、本当によく似てる」

その言葉に胸が詰まった。

母は10年前に亡くなっている。

もう、声さえ思い出せなくなりそうなほど時間が経っていた。

女性は店の奥から、小さなケースを持ってきた。

中には一枚のDVDが入っていた。

ラベルには、母の字で、

『美咲 20歳の頃』

と書かれていた。

私はDVDを手に取った。

「母は、いつこれを?」

「15年前です」

「どうして、あなたが?」

女性は少し困ったように笑った。

「あなたのお母さまは、時々ここに来ていたの」

「この花屋に?」

「ええ」

女性は一度、言葉を止めた。

「最後に来たとき、『いつか娘がこれを受け取りに来るから、そのときに渡してほしい』って」

私はDVDを見つめた。

「母は……いつか私が来ると思ってたんですか?」

女性は首を横に振った。

「来るとは言っていなかったわ」

「じゃあ……?」

女性は小さな声で言った。

「思い出したときに来るって」

背筋が寒くなった。

私はDVDを持って帰った。

その夜。

夫には何も言わなかった。

沙織にも連絡しなかった。

一人で見ることにした。

テレビにDVDを入れる。

再生ボタンを押す。

しばらくして、画面に映像が映った。

庭。

まだ若い母。

そして、20歳くらいの私。

「美咲、こっち向いて」

母の声。

私は画面の中で笑っている。

「嫌だよ、お母さん」

「いいから。記念なんだから」

何気ないホームビデオ。

昔の家。

父の声。

食卓。

私の誕生日。

どれも懐かしい。

私は少しだけ笑った。

ところが――

突然、画面が暗くなった。

映像が切り替わる。

日付は、

2011年11月3日。

私は息を止めた。

第4話で見た写真と同じ日付だった。

画面には、見覚えのない部屋が映っている。

カメラは固定されていた。

誰かが、わざと撮影している。

しばらくすると、母が画面の前に座った。

私は驚いた。

母はカメラを見つめていた。

そして、ゆっくり話し始めた。

「この映像を美咲が見ているなら……」

母はそこで言葉を止めた。

「私はもう、美咲のそばにはいないと思います」

私は息を呑んだ。

母が亡くなる10年前。

まだ元気だったはずの母が、なぜこんな映像を?

「美咲には、絶対に言わないでください」

母は誰かに向かって話していた。

「この子は何も知らなくていい」

しばらく沈黙。

そして母は言った。

「でも、もしあの子が自分から真実を探し始めたら……」

母の目に涙が浮かんだ。

「そのときは、止めないでください」

私は画面に近づいた。

母の声が震える。

「ただし、一つだけ約束してください」

母はカメラをまっすぐ見た。

「夫を信用してはいけない。」

私は息を止めた。

夫。

どうして母が、今の夫のことを知っている?

映像の中の母は続けた。

「あなたのお父さんも、彼も、沙織も……」

そこで母は言葉を止めた。

「みんな、あなたを守ろうとしている」

「でも、その方法が間違っている」

私は画面を見つめた。

そして母が最後に言った。

「美咲が一番知りたいのは、きっと――」

その瞬間。

映像が乱れた。

画面が真っ黒になる。

私はリモコンを操作した。

でも、再生が進まない。

「……何で?」

DVDを確認する。

傷はない。

もう一度再生する。

すると――

さっきとは違う映像が始まった。

暗い部屋。

雨の音。

そして、若い頃の私が映っていた。

私は椅子に座っている。

泣いている。

目の前には、あの男。

そして沙織。

さらに――

夫。

私は言葉を失った。

15年前。

私たちは4人で一緒にいた。

そして画面の中の私が叫んだ。

「もう嫌!」

男が私の腕をつかむ。

「美咲、落ち着け!」

「父に知られたら全部終わる!」

沙織が泣きながら言う。

「でも、もう遅いよ……」

そして夫が言った。

「俺が何とかする」

画面の中の私が、夫を見た。

「あなたなら……私を助けてくれる?」

夫は頷いた。

「絶対に」

そこで映像が止まった。

私は呆然とした。

15年前。

私は夫と知り合っていた。

しかも――

今の夫を、私は知っていた。

「……嘘」

私は頭を抱えた。

結婚する前どころか、もっとずっと前から。

私たちは出会っていた。

でも、私は覚えていない。

そのとき。

テレビ画面が突然、真っ黒になった。

そして中央に白い文字が浮かび上がった。

『ここから先は、見ないでください。』

私はリモコンを握った。

停止ボタンを押そうとした。

でも、その前に映像が再生された。

今度は――

現在の映像だった。

私の家。

今日の夜。

私が一人でDVDを見ている姿。

そして、私の後ろに誰かが立っている。

私はゆっくり振り返った。

もちろん、誰もいない。

テレビ画面を見る。

そこには、もう一人の私が映っていた。

その後ろに立っている人物。

私はその顔を見て、息を呑んだ。

15年前に死んだはずの、あの男。

彼は画面の中で、私に向かって何かを話している。

音声はない。

でも、口の動きだけは分かった。

彼は、

「お前の母親は、俺が殺した」

と言っていた。

私はテレビの前から動けなくなった。

その瞬間、玄関のチャイムが鳴った。

一度。

二度。

三度。

私は恐る恐る玄関へ向かった。

のぞき穴を覗く。

誰もいない。

でも、ドアの前に白い花束が置かれていた。

その花束には、いつものカードが一枚。

私は震える手で開いた。

そこには――

「次は、あなたのお母さんの番です。」

と書かれていた。

母は10年前に死んでいる。

なのに、なぜ――

「次は」と書いたのだろう。

第9話へ続く。