第7話 消された記憶

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「私があなたの記憶を消したの」

沙織の言葉が、頭の中で何度も響いた。

「……どうやって?」

私は震える声で聞いた。

沙織は答えなかった。

代わりに、15年前の写真を見つめた。

「あなたは、あの夜のことを全部覚えてた」

「全部?」

「そう。彼が死んだことも、あなたのお父さんのことも……そして、あなたの夫のことも」

私は夫を見る。

夫は何も言わない。

「じゃあ、どうして私は忘れたの?」

沙織は涙を拭った。

「あなたが自分から忘れたいって言ったから」

「私が?」

「何もかも知ったあなたは、壊れそうだった」

沙織の声が震える。

「だから、私たちはあなたを守るために……」

「私たちって誰?」

沙織が黙った。

私はもう一度聞いた。

「私を忘れさせることに賛成したのは誰?」

沙織は夫を見た。

「……彼」

夫だった。

私は夫を見つめた。

「あなたも知ってたの?」

「知ってた」

「私が記憶をなくすことも?」

「そうだ」

「15年間、ずっと?」

夫は頷いた。

私は笑ってしまった。

笑うしかなかった。

「じゃあ、あなたは15年間、私が何も知らないふりをして生きてるのを見てたんだ」

「違う」

「何が違うの?」

「俺は、お前に生きていてほしかった」

「それなら、最初から全部話してよ!」

声を上げた瞬間。

頭の中に、また映像が流れた。

雨。

暗い部屋。

机の上に置かれた写真。

父の声。

そして――

私の声。

『この人を殺して』

私は頭を抱えた。

「嫌……」

男が私の肩を支えた。

「思い出すな」

「でも、思い出さなきゃいけない」

「美咲」

「私は何をしたの?」

男は黙った。

すると夫が言った。

「お前のお父さんは、俺たちが思っていた人間じゃなかった」

私は夫を見る。

「どういう意味?」

「お前の父親は、昔からある人間を探していた」

「誰を?」

夫は答えた。

「この男だ」

私は男を見る。

男は静かに頷いた。

「俺の父親は、君のお父さんに恨まれていた」

「どうして?」

「君のお父さんの秘密を知っていたから」

何が何だか分からない。

15年前。

父。

夫。

沙織。

そして目の前にいる男。

全部が一本の線でつながっている。

私はふと気づいた。

「……花」

3人が私を見る。

「毎週、私に花を送ってきたのは誰?」

男は首を振った。

「俺じゃない」

沙織も、

「私でもない」

夫は黙っている。

私は夫を見た。

「あなた?」

夫は答えなかった。

その沈黙が答えに思えた。

「あなたが送ってたの?」

夫はゆっくり首を横に振った。

「俺じゃない」

「じゃあ誰?」

夫はしばらく考えたあと、低い声で言った。

「一人だけいる」

「誰?」

夫は私を見た。

「お前のお母さんだ」

私は息を呑んだ。

母は――

私が10年前に亡くなった。

「母が花を?」

「そうじゃない」

夫は首を振った。

「母親が生きている頃に、ある人に頼んでいたんだ」

「誰に?」

夫は答えなかった。

その代わり、男がポケットから一枚の紙を出した。

そこには、花屋の名前と電話番号が書かれていた。

そして、その下に母の字で、

『娘がすべてを思い出したら、毎週花を届けてください。』

と書かれていた。

私は紙を握りしめた。

「……お母さんは、私が記憶をなくしたことを知ってたの?」

「知ってた」

沙織が答えた。

「そして、あなたのお母さんだけが、最後まで反対してた」

「何に?」

沙織は私を見つめた。

そして静かに言った。

「あなたの記憶を消すことに」

私は息を止めた。

すると、男が続けた。

「だから、あなたのお母さんは俺に頼んだんだ」

「何を?」

男は私の目を見た。

「15年後、もし君が何も思い出していなかったら――」

一度、言葉を切る。

「花を毎週届けてくれって」

「どうして?」

男は答えた。

「君が自分から真実を探し始めるように」

私は花束を思い出した。

毎週届いた花。

「今週も、お疲れさまでした」

「来週も、あなたが笑っていますように」

そして――

「もうすぐ、あなたにも思い出してもらいます」

あれは全部。

母からのメッセージだったのか。

そう思った瞬間、スマートフォンが鳴った。

知らない番号。

私は恐る恐る電話に出た。

「もしもし?」

しばらく無言だった。

そして、女性の声がした。

「美咲さん……ですよね?」

「はい」

「突然すみません」

女性は少し震えた声で言った。

「あなたのお母さまから、15年前に預かっていたものがあります」

「……何を?」

女性は答えた。

「ビデオテープです」

私は息を呑んだ。

「そこには、15年前のあなたが映っています」

そして女性は、最後にこう言った。

「あなたのお母さまは、亡くなる前にこう言っていました」

『この映像を見れば、娘は全部思い出す』

第8話へ続く。