第6話 死んだ男

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「久しぶり、美咲」

その声を聞いた瞬間、全身が凍った。

間違えるはずがない。

写真の中の男。

15年前に死んだはずの男。

私の記憶から消えていた男。

「……あなた、生きてたの?」

男は何も言わず、私を見つめていた。

夫が一歩前に出る。

「近づくな」

男は夫を見て笑った。

「相変わらずだな」

「お前は死んだはずだ」

「そういうことになってる」

「どうして……?」

私は二人を見た。

二人とも、私が知らない何かを知っている。

「説明して」

声が震えた。

「15年前、何があったの?」

男はしばらく黙っていた。

そして、私に近づいた。

「君は、俺が死んだと思ってた?」

私は頷いた。

「みんなそう思ってた」

「違う」

男は首を振った。

「俺は死んでない」

「じゃあ、どうして……」

「死んだことにされたんだ」

夫が口を挟んだ。

「美咲、お前は帰ろう」

「嫌」

私は夫を睨んだ。

「もう何も信じられない」

その言葉を聞いて、夫は黙った。

男が小さく息を吐いた。

「君に話さなきゃいけない」

「全部?」

「全部だ」

男は私を見た。

「15年前、俺は君にあるものを渡した」

「何を?」

「証拠だ」

私は首を傾げた。

「何の?」

男は夫を見た。

「君の夫が、君と出会う前からやっていたことの証拠」

胸がざわついた。

「私の夫が?」

「君は知らなかった」

夫が何か言おうとした。

でも男が続けた。

「彼は君を偶然見つけたんじゃない」

私は夫を見た。

「……どういうこと?」

夫は目を伏せた。

「美咲」

「答えて」

「……お前を守りたかった」

「その答えはもう聞いた」

私は声を荒げた。

「私は何から守られてたの?」

夫は答えない。

男が言った。

「君のお父さんだ」

私は息を呑んだ。

「……父?」

父は私が18歳のときに亡くなっている。

私の中では、優しい父親だった。

仕事が忙しくても、休日には必ず私をどこかへ連れて行ってくれた。

「父が何?」

男はポケットから古い写真を出した。

そこには父が写っていた。

その隣に――

若い頃の夫がいた。

「……嘘」

私は写真を奪い取った。

夫はまだ20代くらい。

父と何か話している。

「この写真、いつの?」

「君が生まれる前」

男が答えた。

頭が混乱する。

「じゃあ、あなたは父と知り合いだったの?」

「俺だけじゃない」

男は言った。

「沙織も知ってる」

「沙織が?」

「そして君の夫も」

私はその場に立ち尽くした。

15年前の事件だけじゃない。

もっと前から、すべてがつながっていた。

私は写真を握りしめた。

「あなたは、どうして15年間も隠れてたの?」

男は少しだけ笑った。

「君を守るためだ」

「私を?」

「君は15年前、自分から俺に言ったんだ」

男の顔から笑みが消える。

「全部忘れたいって」

「私が……?」

「そう」

「どうして?」

男は答えなかった。

代わりに、一枚の小さな紙を差し出した。

そこには、私の字で書かれていた。

『もし私が全部忘れたら、絶対に思い出させないで。』

私は紙を見つめた。

確かに私の字だった。

そして、その下にはもう一文。

『私が忘れたほうが、みんなが生きていられるから。』

「……みんな?」

私は顔を上げた。

「みんなって、誰?」

男は答えなかった。

その代わり、廊下の奥を見た。

「来たみたいだ」

「誰が?」

男が小さく呟く。

「沙織だ」

私は振り返った。

そこには、沙織が立っていた。

でも、いつもの沙織ではなかった。

泣いている。

そして私を見るなり、

「美咲、ごめん」

と呟いた。

「私があなたの記憶を消したの」

私は息を止めた。

「……何?」

沙織は涙を流しながら言った。

「あなたが全部思い出したら、次に死ぬのは――」

そこで沙織は言葉を止めた。

私の後ろにいる夫を見た。

そして震える声で言った。

「あなたの夫だから」

第7話へ続く。