震える手で、私は手紙を開いた。
封筒は古い。
紙も黄ばんでいる。
それなのに、文字だけははっきりしていた。
『あなたがこの手紙を読む頃には、私はもう死んでいるでしょう。』
私は息を止めた。
その下には、私の名前が書かれていた。
――美咲へ。
私はその名前を何度も目で追った。
この男は、私の名前を知っている。
当たり前のことなのに、なぜか怖かった。
私は続きを読んだ。
『まず、謝らなければならない。』
『君に何も言わず、消えることを許してほしい。』
消える。
死ぬ、ではなく。
消える。
私はそこに引っかかった。
そして、次の文章を読んだ。
『君の夫を信じてはいけない。』
手から力が抜けた。
「……夫?」
私は思わず後ろを振り返った。
もちろん、誰もいない。
静まり返った部屋。
私はもう一度、手紙に目を落とした。
『彼は君を守っているつもりだ。』
『でも、君を守るために、君から大切なものを奪った。』
何のことか分からない。
私は手紙を握りしめた。
すると、最後のほうに見覚えのある名前が出てきた。
――沙織。
私は目を疑った。
『沙織を信じてもいけない。』
「……どういうこと?」
親友。
15年間、私の味方だと思っていた人。
でも、第4話で彼女は言った。
「彼が死んだ夜……私はそこにいた」
そして、
「最後にいたのは、あなた」
何が本当なのか分からない。
私はさらに読み進めた。
『あの夜、君は彼を殺していない。』
私は息を吐いた。
でも、その次の一文で、また胸が苦しくなった。
『ただし、君は彼が死ぬことを望んだ。』
「……私が?」
そんなはずはない。
私は人を殺したいなんて思ったことはない。
まして、この男に。
私は写真を見つめた。
笑っている私。
その隣で笑っている男。
そして、少し離れたところにいる沙織。
何かがおかしい。
私は写真を裏返した。
すると、裏側に小さな文字が書いてあった。
『3人ではなかった。』
その下に、
『4人目がいた。』
私は固まった。
4人目?
写真には、私と男と沙織しか写っていない。
じゃあ、もう一人は誰?
その瞬間。
部屋の外で足音がした。
一歩。
また一歩。
ゆっくり近づいてくる。
私は慌てて電気を消した。
ドアの前で足音が止まった。
カチャ。
ドアノブが動いた。
私は息を殺した。
そして――
「美咲?」
聞き覚えのある声。
夫だった。
「いるんだろ?」
私は答えなかった。
夫はしばらく黙っていた。
そして、
「……その手紙を見つけたんだな」
私は凍りついた。
どうして知っているの?
私はドアから離れた。
「あなた……何を知ってるの?」
ドアの向こうから、夫の声がした。
「全部話す」
「今まで何も話してくれなかったのに?」
「話せなかったんだ」
「どうして?」
長い沈黙。
そして夫が言った。
「お前が、思い出すと死ぬからだ」
私は言葉を失った。
「……どういう意味?」
夫は答えなかった。
代わりに、ポケットから何かを取り出したような音がした。
カチャッ。
鍵の音。
私は手に持っていた鍵を見た。
同じ音だった。
「その部屋を出ろ」
夫が言った。
「今すぐだ」
「嫌」
「美咲!」
「私は全部知りたい」
私はドアを開けた。
そこには夫が立っていた。
でも――
夫の手に握られていたのは、ナイフだった。
私は一歩後ずさった。
夫は慌ててナイフを隠した。
「違う。これは……」
その瞬間。
背後から、別の声がした。
「やっぱり来たんだね」
振り返る。
誰もいないはずの廊下の奥に、男が立っていた。
私はその顔を見た。
写真の男。
15年前に死んだはずの男。
私の手から、手紙が落ちた。
男は私を見て、静かに笑った。
そして言った。
「久しぶり、美咲。」
第6話へ続く。