「――久しぶり」
ドアの向こうに立っていたのは、紛れもなく彼女だった。
沙織。
高校時代からの親友。
最後に会ったのは、いつだっただろう。
結婚式にも来てくれた。
その後も何度か連絡を取っていたはずなのに、いつの間にか疎遠になっていた。
「……どうして、ここに?」
私が聞くと、沙織は私ではなく夫を見た。
そして、小さく笑った。
「やっぱり、まだ話してなかったんだ」
夫の顔が強張った。
「帰れ」
「あなたに言われる筋合いはない」
沙織は私を見る。
「全部、思い出した?」
「何を?」
「15年前のこと」
私は答えられなかった。
沙織は靴を脱ぐと、勝手に家の中へ入ってきた。
「この人から花が届いてるんでしょ?」
私は息を呑んだ。
「知ってるの?」
「私が頼んだの」
夫が立ち上がった。
「沙織!」
「何?」
「余計なことをするな」
「余計なこと?」
沙織は笑った。
「15年間、黙ってたことのほうがよっぽど罪深いと思うけど」
私は二人を交互に見た。
「……どういうこと?」
沙織はバッグから一枚の写真を取り出した。
写真には、私と沙織、そしてあの男が写っていた。
3人とも笑っている。
でも、写真の裏には日付が書かれていた。
15年前の11月3日。
私はその日付を見つめた。
胸の奥がざわつく。
「この日、何があったの?」
沙織はしばらく黙っていた。
そして言った。
「あなたは、彼に会いに行った」
「どうして?」
「彼が、あなたに秘密を話したから」
「秘密?」
沙織は夫を見た。
「あなたの夫について」
空気が凍った。
「……私の夫?」
「結婚する前、彼はあなたに言おうとしてた」
夫が低い声で言った。
「やめろ」
沙織は無視した。
「彼は、あなたの夫がついていた嘘を知ってた」
私は夫を見る。
「何の嘘?」
夫は答えない。
「あなたは知らなかったのよ」
沙織が言った。
「あなたが今の夫と出会ったのは、偶然じゃない」
私は言葉を失った。
「……どういうこと?」
「彼が調べていたの」
沙織は写真を裏返した。
そこには、もう一つの住所が書かれていた。
「この場所に行けば、全部分かる」
私は住所を見る。
知らない住所。
でも、その数字を見た瞬間、なぜか涙が出た。
「……私、この場所を知ってる」
夫が立ち上がった。
「行くな」
「どうして?」
「そこに行ったら、お前は全部思い出す」
「だったら思い出したい」
夫は何も言えなかった。
私は沙織に聞いた。
「あなたは全部知ってるの?」
沙織は首を横に振った。
「全部じゃない」
「じゃあ、何を知ってるの?」
沙織は俯いた。
そして、震える声で言った。
「彼が死んだ夜……私はそこにいた」
私は息を止めた。
「あなたが殺したの?」
「違う」
沙織は涙を浮かべながら首を振った。
「私が見たときには、もう死んでた」
「じゃあ、誰が?」
沙織は答えなかった。
代わりに、私の手を握った。
「あなたよ」
「……え?」
「彼が死んでいた場所に、最後にいたのは――」
沙織の目から涙が落ちた。
「あなたなの」
私は後ずさった。
「そんな……」
「でもね」
沙織が続けた。
「あなたが殺したんじゃない」
私は混乱した。
「じゃあ、私は何をしたの?」
沙織はしばらく黙っていた。
そして、ポケットから古い鍵を取り出した。
あの花束に入っていたものと同じ鍵だった。
「これを開けて」
「何を?」
「あなたが15年前に、自分で封印したもの」
沙織は私の手に鍵を握らせた。
その瞬間、夫が叫んだ。
「やめろ!」
私は夫を見る。
そして初めて気づいた。
夫の手が震えている。
怖がっている。
私が真実を知ることを。
私は鍵を握りしめた。
そして思った。
――この人は、私に何を隠している?
その夜。
私は夫が眠ったあと、一人で家を出た。
向かった先は、沙織から渡された住所。
古びたアパートの一室。
鍵を差し込む。
カチッ。
扉が開いた。
部屋の中には何もなかった。
家具もない。
電気もつかない。
ただ、部屋の中央に小さな箱が置いてあった。
私は鍵を使って箱を開けた。
中に入っていたのは――
一枚の写真。
そして、
「あなたがこの手紙を読む頃には、私はもう死んでいるでしょう」
から始まる手紙だった。
差出人の名前を見た瞬間。
私はその場に座り込んだ。
そこに書かれていた名前は、
15年前に死んだはずの、あの男の名前だった。
第5話へ続く。